小娘のつれづれ

一人で自分の”好き”を追いかけています。


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「20年越えのハロヲタが語るハロプロ研修生北海道の魅力」 #hpkenshu #北研

突然ですが皆さんは「ハロプロ研修生北海道」という名前を、一度でも耳にしたことがあるでしょうか。

ハロー!プロジェクトからのアイドルデビューを目指す研修組織、「ハロプロ研修生」(旧名・ハロプロエッグ)が東京で誕生したのは2004年のこと。
それから東名阪でのステージを中心に、数々の原石発掘と育成が行われてきたこのアイドル育成システムですが、ハロプロ誕生20周年を目前に控えた2016年の夏、安倍なつみや藤本美貴など数々の名アイドルを送り出した“ハロプロの聖地”北海道から、初の地方組織である「ハロプロ研修生北海道」が誕生しました。

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2016年に誕生し、2017年からは札幌での単独定期公演も始まり、先輩のライブのオープニングアクトや東京での研修生発表会にも出演しながら、アイドルの卵である現6名が迎える3年目の新しい季節。
今回はそんな北海道の彼女たちの魅力を、定期公演に第一回からほぼ全て通い、さらにハロプロ自体も20年追い続けている北海道在住ヲタの私が、全国のアイドルファンの方に向けてわかりやすく解説していこうと思います。

まず最初に、ハロプロ研修生北海道の定期公演ってどんな感じ?

デビュー前のハロプロ研修生北海道(以下「北研」)が現在ホームとしているのが、地元北海道で行っている年数回の定期公演。
2017年2月にVol.1が開催され、それから2018年11月までに、計7回の定期公演が行われています。


(26:38〜 2017.9.18の「ハロプロ研修生北海道 定期公演 vol.4」の映像)

今までの定期公演で一番多く使われている会場が札幌市内にある、札幌スクールオブミュージック&ダンス専門学校のイベントホールで、キャパは最大約200人。
最近は1日2公演で開催されているものの、基本的にチケットは前売りソールドアウトが多く、最近は本番前に当日券が少し出るという感じです。
ちなみに2018年夏には初めて、先輩グループもライブツアーでよく使用している札幌市内のライブハウス「ペニーレーン24」でも定期公演が開催されました。
こちらは最大キャパが約500人ですが、スペシャルゲストで稲場愛香(Juice=Juice)や東京のハロプロ研修生から生まれたCHICA#TETSU、雨ノ森 川海といった新グループの面々が参加していたこともあわせて、やはり満員御礼となりました。

披露される楽曲はやはり東京のハロプロ研修生公演と同じように、ハロプロ研修生のオリジナルソングと先輩のカバーが基本となっているのですが、北研公演のオリジナリティとしては「ハロプロ研修生北海道のオリジナルソングも聴ける」。
ハロプロ研修生北海道は今までに2枚のインディーズシングルをリリースしており、中には札幌出身のシンガーソングライター・山崎あおいさんが提供した作品もあったりと、実はソフト面も想像以上に充実しています。

☆ハロプロ研修生北海道を知るためのおすすめ作品

1「リアル☆リトル☆ガール/彼女になりたいっ!!!(ハロプロ研修生北海道Ver.)

リアル☆リトル☆ガール/彼女になりたいっ!!!(ハロプロ研修生北海道Ver.)

初の単独名義でのシングル。表題曲「リアル☆リトル☆ガール」の作曲はハロプロの先輩グループでもおなじみ、星部ショウさん

2「ハンコウキ!/Ice day Party

ハンコウキ!/Ice day Party

北海道で芸能活動を再開した稲場愛香(現Juice=Juice)も参加した、第二弾シングル。
表題曲「ハンコウキ!」の作詞作曲を提供したのがやはり同郷のシンガーソングライター・山崎あおいさん

3「Rainbow×2

Rainbow×2

東京を中心に活動する「ハロプロ研修生」が2018年発表したオリジナルアルバムの中に、同じ研修生繋がりで北研の「リアル☆リトル☆ガール」が収録(音源は↑のシングルと同内容)。
また最近の定期公演や先輩のオープニングアクトにおいて、北研が研修生グループの一員として、このアルバムの収録曲を歌うこともかなり多い

じゃあそもそも、ハロプロ研修生北海道のメンバーってどんな子たちなのだろう?

導入として先に「彼女たちが立っているステージ」の紹介をしましたが、そうなると気になってくるのが、「じゃあそもそも、そハロプロ研修生北海道のメンバーってどんな子たちなの」という話。
ここからはまだデビュー前ながら、それでも定期公演を2年間見続けることでようやく見えてきた、彼女たちのアイドルとしての魅力を徹底紹介していこうと思います。

ちっちゃいけど最年長!ダンスも勝負も人一倍張り切る女の子・太田遥香


2003年10月21日生まれ/愛称・はーちゃん

「身長は小さいけど最年長!」がキャッチコピーの“はーちゃん”こと太田遥香さん。
文字通り最年長ということで(といっても最大2歳差ですが)、ライブ中の告知や挨拶はいつも彼女が担当しています。
一応年齢的に“北研のお姉さん”という立ち位置ではあるのですが、しかしそこでまったく収まっていないのが彼女のいいところ。
身長がちっちゃいのはもちろん、声もグループ一の幼い声で、そして何よりライブ中のミニゲームや対決勝負に誰よりも熱中するという子供より子供らしい性格の持ち主。
そのアンバランスかつ自由なところが、年下の子たちも巻き込んだ「東京とは違う研修生らしさ」を自然といい感じに醸成してきてるのではないかと、ファンの私は一人ひそかに思っています。

現時点でのパフォーマンスの見どころとしては、やはり可愛らしい歌声と、運動が好きなゆえの伸び伸びとしたダンス。
あとはたまに見せる“心から嬉しいときの表情”でしょうか。
根っからの直情的な性格もあって、作り笑顔とか、アイドルっぽい自己演出の引き出しはあまり持ち合わせていないタイプの女の子だと思うのですが(一言でいうとライブ中、ついついその場の動きに必死になって表情がほったらかしのところがある)、
それゆえに客席から自分の名前が聞こえたとき、またソロパートで大きな声援を浴びたとき、彼女はめちゃめちゃ嘘のない素敵な笑顔を見せるんです。
それを発見するたび、なんだかアイドル育成というか親戚の少女の喜びに触れているような、そういう嬉しさがちょっと心に灯ります。
セミプロなんだけど、なんかセミプロになりきらない人としての魅力。そういう部分が、彼女という人の良さでもあります。

【補足情報】12/2~12/16に東名阪で行われる「Hello! Project 研修生発表会 2018 12月 〜みかん〜」に出演予定

一見クールビューティーだけど特技はモノマネ!北研のキラキラ歌姫・佐藤光


2004年4月19日生まれ/愛称・ひかり

一目見て、涼し気な目元が印象に残る女の子。
コールはもっぱら“ひかり”だと思いますが、メンバーからは“ぴか”とも呼ばれている、名前のようにキラキラ輝く北研の歌姫です。
そう、一見クールビューティーで美人に育っていくであろうビジュアルの持ち主なんですが、彼女が特技として推すのが実は「モノマネ」。
そしてこの子のすごいところは、人前でモノマネを披露することになったとき、一切恥ずかしがらない。常に最後までやりきる。
たとえ似てなくても人任せにせずちゃんと自分で場を回収する。
思春期であることを考えると、同年代の子は普通恥ずかしがったり、非常に中途半端なものをやってしまった挙句本人も回収しないという事故めいた展開になることがだいぶあるかと思うのですが、この子はそういう心配がないので、安心して「アイドルの特技:モノマネ」を見ていられる。
こういうメンタリティの研修生は過去あんまりいないような気もするし、もしかしたらタレントさんにも向いているかもしれない。
基本的にハキハキしゃべる感じなのもなおさらですね。

モノマネの話にばっかりなってしまっていますが、現時点でのパフォーマンスの見どころとしては、やはり歌唱スキル。
加入当時からメンバー、周囲のスタッフともに歌への信頼度が高いというところが見受けられ、定期公演でもソロパートや目立つ歌割をもらっている方のメンバーだと思います。
課題としては立ち上がりにまだ不安定なところがあるかなと思いますが、一度ノドが温まってくると、非常にいい歌声で可能性を感じさせてくれるのが彼女です。
そして美人さんなのに、むしろずっとニコニコしているのがやっぱり擦れてなくてよい感じ。

実力派パフォーマンスはお手の物、トークスキルも抜群の才女・石栗奏美


2004年4月20日生まれ/愛称・かなみん

北研一の大人っぽいルックスと高身長、現在はショートカットでおなじみの“かなみん”こと石栗奏美さん。
実は北研の中でもいまかなり知名度の高い一人がこの石栗さんで、なぜかというと、2018年5月に東京&北海道の研修生が全員参加して行われた審査コンテスト「Hello! Project 研修生発表会2018 ~春の公開実力診断テスト~」にて、いきなりゲスト審査員賞を勝ち取ったからです。

その時のステージ

(15:26〜 石栗奏美「私のなんにもわかっちゃない」(モーニング娘。カバー))

もともとローカルアイドルの経験があったそうで、北研の定期公演でもVol.1からすでにかなり仕上がりが良く、進行に気も遣えるしファンへのレスポンスも欠かさない、アイドルとしてかなり器用な子に見えました。
ただ最初からあまりにも出来過ぎるあまり、目指すところが目前のファンサービスという小さいところに終始してしまわないか、内心少し心配でもあったのですが、2年過ぎた結果としては全くの杞憂でした。
器用なんだけど、ちゃんと自分を見つめて課題を考えられる子。周りの声を素直に吸収できる子。
だからこそ先の実力診断テストでも良い結果が出せたのでしょう。
大人っぽい網タイツと表情でしっかり自己プロデュースできている彼女の先のステージは、純粋にただただ誇らしかったです。

基本的に総合力が高いタイプなので、現時点でパフォーマンスも安定して見ていられる方なのですが、面白いのは地元の定期公演だと、意外に等身大の甘えん坊な性格が垣間見れる。
大人っぽいビジュアルで、一見なんでもできるのに、です。
今までの定期公演の中で印象に残っているのが「かなみちゃんが楽屋でずっとジンベイサメのモノマネをしてるんです」というメンバーからの暴露と、コンサートのために東京でホテルに泊まったとき、解放感からベッドにダイブしたら勢いありすぎてそのままベッドと壁の隙間にすっぽり挟まっちゃったんです(ガラケーのように二つ折りで)」という、なかなかの珍報告。
気心知れた家族や友達の間で安心して甘える表情を見せるところが、きっと年相応にあるんじゃないかなと思うので、こういう集団の中での妙味がテレビなどのコンテンツに出てくる(もしくは出やすい環境に置いてもらえる)と、彼女はアイドルとしてさらに花開くのではないかと思っています。

【補足情報】2018年10月発売のDVD「Hello! Project 研修生発表会 2018 6月~にじ~」にて、彼女が東京の研修生と一緒に歌い踊るシーンがたくさん収録されています

合言葉は“がんばりんごみのりんご”!笑顔120%のアップル娘・河野みのり


2004年4月23日生まれ/愛称・みのりんご

最初の定期公演で見たとき、「お嬢様タイプのおとなしそうな女の子だな」と思いました。
整った顔立ちで、比較的高い身長で、趣味がギター弾き語り。
だからこそ彼女の進化には、ある意味北研で一番驚かされています。定期公演を重ねるごとに育っていった「がんばりんごみのりんご」の定期キャッチフレーズ。
まさかその顔立ちからその言葉が出るとは!!というか誰より本人が気に入っている!!いいぞ!!
そして毎度やんややんやと盛り上がる私たちファン。

そしてさらに驚かされたのが、お嬢様タイプだと思っていた彼女のパフォーマンスがまた、優雅に魅せるのではなく「笑顔120%でガチ勝負するアイドルだった」という、その意外性だったんですよね。
彼女はまだ東京での出張ステージ出演がないメンバーなので、北海道以外では全然伝わっていない部分だと思うのですが、北研の定期公演における河野みのりさんのパフォーマンスはとにかくガムシャラ。歌もダンスも笑顔もフルパワー。
なんなら頑張りすぎてときどき歌外れてる。でも勢いを止めない。常にかっ飛ばす。
ステージから放出されるエネルギー量はたぶん彼女が北研で一番だと思います。例えていうなら、ももクロの高城れにさんぽい感じがある。
ステージの真ん中じゃないところで、でもずっと全力で踊って、観客の心を放さない女の子。

しかもその伸び方というのが定期公演を重ねるごとに、現在進行形でまだまだ続いている段階なので、パフォーマンスに関しても今はとにかく「彼女の全力を見てください」としか言えない。
ただ個人的にずっと気になってる点は、彼女が楽器を弾けるという点。
ハロプロ本体であまり楽器演奏を売りにした子って出てきてないし、そしていまだ北研の定期公演でもその特技が見られるステージは実現していないわけです。
(あくまでもりんねとかいた頃の)カントリー娘。の楽曲を彼女がギター弾き語りとかしてくれたら、私たぶん泣いてしまうのではないかと思う。
もしかしたら彼女のお嬢様ビジュアルは、その時の感動のためにまだあえて可能性を眠らせているのかもしれない。

アイドル界で一番タコを愛する少女、どんな荒波にも負けない存在感・工藤由愛


2004年9月28日生まれ/愛称・ゆめちゃん

「特技はぷっくりちゃん、趣味はタコグッズ整理」(本人の自己紹介より)。
ぷっくりちゃんって何ぞやとか、タコグッズって何ぞやとか思ってはいけない。
彼女の中ではぷっくりちゃんもタコ愛も自明の理なのであり、とにかく「アイドル界で一番タコを愛している子」だということを一番に覚えてください。
愛称は“ゆめちゃん”の不思議なタコ少女、工藤由愛さん。

MCであまりにもタコ愛を語りまくるあまり、北海道のライトファンだけでなくもしかしたら道外ファンにも「一風変わった子」とすっかり思われていそうな、そんな彼女なのですが、ただここで声を大にして言いたいのは、「実は彼女こそ北研のステージングの柱」であるということ。
定期公演を見ているとまだまだパフォーマンス的に未熟な部分が目立つメンバーが多い中、彼女はよく通る歌声で全体としてのユニゾンを支え、またダンスの見せ方もあまりフラつくことがなく、非常に安定しているんです。
今思えば北研で一番最初に東京出張(「Hello! Project 研修生発表会 2017 6月~June Tripper!~」への出演)で一人選ばれたのは、その安定した力を見越してのことだったのではないのかと思うんですよ。それくらい安心して見ていられるメンバー。
定期公演のMCなど見ていると、どちらかというとあまり自分からは無理やり前に出てこない感じである、というのもあって、だからなおさら「隠れた功労者」。
たぶんアイドルとしてそういう立ち位置の子が好きなファンの方、結構いるんじゃないかと思うんですよね。

今の彼女を見ていてなんとなく、グループに加入してステージでは目立っていないのにいきなり「Mの黙示録」にレギュラー出演した、そんな頃の道重さゆみさん(当時14歳)を思い出すときがあるんですけど、もしかしたら彼女もポッと外部仕事に登場したり、分別のついてる年齢の大人(「Mの黙示録」でいえば中澤姐さんとか)と絡むと、さらに個性が引っ張り出せるのかもしれないなぁと思っています。

好きな動物はパンダさん!思わずその名を呼びたくなるみんなの可愛い妹・山﨑愛生


2005年6月28日生まれ/愛称・めいちゃん

2016年夏に初めてハロプロ研修生北海道のメンバーお披露目が行われたとき、そのとびきりの小ささで一躍注目を浴びた“めいちゃん”こと山﨑愛生さん。
だって当時小5だよ!!!
びっくりするほど小さくて、ただただ子供がそこに立ってるというのが久々の衝撃でした。
そしてその名前の響き、なんか思わず叫びたくなる、「め~いちゃ~ん」。

そんな彼女も実は道外での知名度が割とあるメンバーで、それは石栗さんと同じく、「Hello! Project 研修生発表会2018 ~春の公開実力診断テスト~」で歌唱賞をかっさらったという事実。
しかも自分で選んだこの日の審査曲が凄くて、なんと全英語詞の「Wonderful World(English Ver.)」(Juice=Juice)。
東京の中野サンプラザというある意味どアウェィのステージの中、全部英語で歌ったろうと決めたこの人の自己プロデュース能力の高さと根性。
そして緊張を跳ね除ける見事な歌唱。
あの歌唱スキルの高さというのは逆に北海道の定期公演では見られなかった部分で、いつも全体で歌う曲が多いから、あんなに声量があって、あんなに伸びやかに歌える人なんだ、というのは北海道のファンこそ相当に驚かされたものなんですよ。
でもその“とびきり”を、初めてもってきたのが東京の大舞台というのがなんとも彼女らしいなと。

そう、彼女、最年少ですが実は一番頭がよく回る子なんです。
定期公演の挨拶はどんなに一瞬の持ち時間だろうと(たぶん)家でかなり原文を作ってくる。そして噛まずにちゃんと言い切る。
あと河野さんとはまた違う形で、この子もずーーーっと笑顔で歌い踊る。
山﨑さんの場合はなんつうか「アイドル体力が無尽蔵にある」タイプですね。可愛い笑顔、びっくりした笑顔、少し物憂げだけどでも笑顔、最後はやっぱり最高の笑顔。笑顔笑顔笑顔。
まだ13歳とかであそこまでトコトンやり切れるのは相当自分の中に信念とかないと難しいと思います。
しっかりした準備とそれをいかんなく発揮する才能を持ち合わせた北海道の最終兵器であり、身長もまだまだ伸び盛り。
その隠れた(時折ちょっと毒も足せる)トークスキルの高さも含め、どう育っていくのかが楽しみな、それでもやっぱりひたすら可愛い妹的な女の子です。

【補足情報】2018年10月発売のDVD「Hello! Project 研修生発表会 2018 6月~にじ~」には、彼女が後日改めて披露したソロカバー曲「Wonderful World(English Ver.)」が1ステージまるごと収録されています

ハロプロ研修生北海道の今後はどうなっていくのだろう

さてここまでその魅力をお伝えしてきた「ハロプロ研修生北海道」ですが、2018年の定期公演は11月開催のvol.7までとなり、すでに次回は来年の開催になるようです。
定期公演以外のレギュラー仕事では北海道のローカル局・HBCラジオ「Hello!to meet you!」に週替わりで2名ずつ出演しており、こちらは北海道以外の方でも、radikoのエリアフリーで聴くことが可能です。
※ちなみにこの番組、アップフロント札幌系列の番組なので、よくハロプロの先輩グループもコメントなどで登場します

少し込み入った話もすると、太田さんが現在中3なので、受験勉強の真っ最中。
そして来年には佐藤さん、石栗さん、河野さん、工藤さんと一気に4人が中3になるため、このまま行った場合、もしかしたら受験の重なる2019年冬~2020年春は少し活動が難しくなるかな?とも思います。こればっかりは仕方ない。
その上で、やっぱり気になるのは「この中からメジャーデビューする子は現れるんだろうか」という点。
うーん、学業との兼ね合いで本人が難しさを感じたときにファンはどうすることもできない、っていうのはある程度飲み込んでおく上で

それでもハロプロアイドルとしての未来を考えるなら、参加2回目で6人中2人が実力診断テストの賞をとった、そんなメンバーやもしくはグループそのものを、偉い大人が簡単に諦めるというのは、まだ相当現実的ではない話だとやっぱり私は思うんです。

その上で何か彼女たちに伝えられることが今あるなら、お互いに励ましあい、心折れずに、目標がある限りはそのままアイドル活動を続けてほしい。
レッスンで自分を磨いてステージに立ち続けてほしい。
東京の研修生ほどではなくても、小さな努力や成長を見てくれている人は必ずいる。
それはハロプロのファンをずっと続けている身として、唯一はっきりと断言できることです。

そして一度応援の気持ちを持ったらとことんどこでもついていくのも、20年の歴史を支えてきたハロプロファンの良い気質だと私は思っています。
それこそ今もレギュラーラジオに各地から沢山のメールが届くように、北研の活動を応援し、未来を願ってくれている沢山の人たちがいる。
彼女たちにはそれを忘れずに、充実した日々を送ってほしいし、そしてここまで読んでくださった読者の方には、ぜひちょっとでもハロプロ研修生北海道のことを気にかけて見守ってあげてほしいです。

東京から遠く離れたところでもちゃんと夢が叶えられたら、それって地方で生きる少女たちにとって素敵なことなんじゃないかと、やはり同郷の大人の私なんかは思うんです。
そんな地方在住ならではの願いもひっそりと込めつつ、私はこれからも、ハロプロ研修生北海道の活動と未来を出来る限り、せいいっぱい応援していきたいと思います。

「蒼い点滅の青春:SPEEDになれない、私とモーニング娘。の乱反射」

今からちょうど20年前の1998年5月、中学3年生の私はその日、修学旅行で大阪に行っていた。
泊まったのは少し古い旅館の一室。
大広間での夕食の後、目の前にあるお土産屋さんに交替で買い物に行き、消灯まで少し時間が空く。
すると同部屋の女子たちが、誰からともなく部屋の中央に集まって一斉に恋の話を始める。
部屋割りの載っている修学旅行のしおりを広げて、自分の好きな男子が、一体どの部屋に泊まっているのかというのを楽しそうにチェックするのだ。
しかしその時の私はというと、恋愛なんて恥ずかしいとか、いじめられているとかでもなく、ただただテレビが見たくて、部屋の片隅の小さなブラウン管の前に一人陣取っていた。
どうしてもその日は、「ASAYAN」が見たかった。

中2までずっと、私はSPEEDになりたかった。
ちょうど中学に入ったときにSPEEDが『Body&Soul』でデビューしている。
同い年の今井絵理子を含む4人がテレビの中で輝いていく姿は、憧れという以上にもはや夢の中で描かれるキラキラした私の姿そのもので、寝ても覚めても、いつも存在を忘れることはなかった。
中でも幼いながらにダボっとしたストリートファッションをしっかり着こなすSPEEDが好きだった。
だから夏休みになるとSPEEDを意識してよくLサイズのTシャツばかり着た。
ナイキのロゴがでかでかと入ったLサイズのTシャツ。それに太めのズボン。
しかしその頃の私がSPEEDと決定的に違うのは、太っていたことと、友達づくりがうまくできず、いまだにクラスで仲の良い友達が一人もできていなかったことである。
いつもクラスで浮いているLサイズのデブ。それが本当の私だった。
だけど夏休みに部屋で一人背中を丸めて『Wake Me Up!』を口ずさんでいると、大人が歌えない高音が出るたびに、私もいつかSPEEDみたいになれると、どこか信じていられるような気がした。

しかしいつまで経ってもクラスでは私はひとり浮いたままで、大きいサイズのものばかり選ぶ私服も、相変わらずどこからどう見てもダサかった。
好きな人はいても話しかけられない。
それは好きになる人はいつもみんなの憧れで、話しかける女子はみんなSPEEDみたいに華奢で、明るくて、垢抜けていたからである。
毎朝クラス替えを祈って教室のイスに座っても、奇跡は起こらないし、当然私は、SPEEDどころか青春を楽しむ普通の10代にさえなれやしない。
アイドルグループ・モーニング娘。をテレビで初めて見たのは、今思えば、ちょうどそんなごく当たり前のことを知った、時期だったのだと思う。

モーニング娘。に親近感を抱いたのはそれこそデビュー作『モーニングコーヒー』のプロモーションビデオを初めて見かけたときだった。
タートルネックに赤いミニスカートを履いたモーニング娘。は確かにアイドル然としていたが、でもその合間に体形を隠すような大きめのパーカーとジーンズで立っている一歳違いの福田明日香は、なぜかお茶の間の冴えない私と、かなりよく似た佇まいをしていた。
だから大好きなCDに囲まれた自室を離れようと、情けでいれてもらった旅行の班で一人浮いていようと、修学旅行の日の私は、どうしても「ASAYAN」で流れるモーニング娘。の新しいプロモーションビデオが見たかった。
恋や男子の話よりも、テレビの向こうの冴えない私が、果たしてどんな風になっているのか、早くその姿を確認したかった。

結果から言うとその日流されたモーニング娘。のニューシングル『サマーナイトタウン』の福田明日香は、背中を丸めてテレビを見ている中3の私と、そっくりそのまま同じ姿でテレビに映っていた。
メインボーカルの一人なのにTシャツに半端な丈のズボン。そして丸い顔。
他のメンバーはみんな肩なり足なりを出して色っぽさを演じているのに、それが福田明日香にはさっぱりない。
だけど福田明日香はたぶんグループで一番、なぜかボディウェーブが上手かった。
しかも華奢な高音ではなく、自分にあったキーで、見事に大人っぽい歌詞を歌いこなしている。
その時、恋愛話に夢中だったはずのクラスメートが一人、輪の中から顔を出して「あぁモーニング娘。いいよね」とぽつり言葉を漏らした。

『サマーナイトタウン』の映像における蒼い点滅は、今振り返るとSPEEDになれないデコボコの私たちが持ち寄る断面、あの時代の”正答”にぶつかって飛び散った、それぞれの青春の乱反射であったように思う。
だってSPEEDなら、3回も大キライなんて言う前に、さっさと彼氏にキスして話は終わっていたと思うのだ。
そしてそれはそれで、確かに夢のハッピーエンドであってくれた。
だけどそれが結局できないから、彼女たちはモーニング娘。になり、さらにいえば私は、猫背と人付き合いの下手さをなおせないまま、中学校を卒業した。

きっと私は忘れえぬ永遠の共有でも、かといって掻きむしりたくなるような胸の痛みでもなく、ただそこにあるデコボコの自分を、そっと時代に肯定されたかったんじゃないか、と思う。

瞼を閉じるとあの頃の景色はいまだ蒼い。
20年経っても、である。


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「吉澤ひとみさんへの言葉」 #helloproject

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6298349news.yahoo.co.jp

吉澤さん。

芸能界に入ったときからずっと応援してきたファンの中の一人として、今回の引退は妥当である、という前提のもとで、以降の文章を書いていきます。

* * *

2000年春にモーニング娘。4期として私たちの前に登場した女の子。
キリっと引き締まったビジュアルが印象的だった半面、歴代のメンバーが時折そうであるように、彼女もまた、なかなか前に出てこないモーニング娘。の新メンバーの一人でした。

年頃の女の子が前に出てこられないというのは人によって理由がまったく異なりますが、
彼女の場合は加入当時の立ち位置や表情を振り返るに、上昇志向という名の主体性は、最初からあまり持っていない人だったのではと思います。
ただ同時に彼女は「役割を与えられたときに」とてつもないスター性を発揮する、そんな天賦の才を持っていました。

彼女が初めて金髪になって登場した『ザ☆ピース!』 、そして続けて初のセンターを勝ち取った『Mr.Moonlight ~愛のビッグバンド~』。
この2曲の彼女は前年まで普通の中学生だったということが信じられないほど、見違えるように輝き、国民的アイドルとして立派にその役目を果たしていました。

しかしその後、後輩の加入などもあって新メンバーやセンターという役割から外れた彼女は、変わらず仕事をこなしつつも、結果として体形が大きく変わっていくことになります。
164cmの身長に対し、本人曰く”70キロ近く”にまで至った体重の大変動。

もともと細身だった彼女がテレビ越しに明らかに変わっていく姿を見て、リアルタイムで見ていたファンの一部はこの時、彼女が隠し秘めていた内面の脆さに、すでに気づき始めていたはずです。
しかしそんな彼女が輝きを取り戻すことになったのは、やはり役割を与えられた瞬間、2004年に芸能人フットサルチーム・Gatas Brilhantes H.P.(以下ガッタス)のキャプテンに任命されたときでした。

少し前の日韓ワールドカップがまだ記憶に新しいこの時期、ガッタスはまだ今ほど知られていなかった女子サッカーやフットサルの応援企画として立ち上がり、その後ブームとなる第一次・芸能人女子フットサル(2004~2009年頃)のパイオニアとなっていった大きな存在です。
モーニング娘。のメンバーとしてはセンター曲の『Mr.Moonlight ~愛のビッグバンド~』以降、なかなか前に出てこないままの吉澤さんでしたが、フットサルチームのガッタスでキャプテンという自分だけの役割を得ることができたこの2004年頃から、また見違えるように体形が絞られていき、”天才的”と言われたそのビジュアルをあっという間に取り戻していくことになります。

きっと運動の場が与えられたことだけが理由ではない、というのは、大なり小なり当時のガッタスの活動に触れていた人ならおおよそわかる話だと思います。

r.gnavi.co.jp

「女子芸能フットサルチーム」のパイオニアは、本来なら2カ月限定のプロジェクトだった。だが、大敗が彼女たちに火を付ける。

週2回の練習では、お互いのミスを許さないピリピリとした空気が流れていた。
「今のこっちのこと見えてた? 見えてたの?」
「……見えてました」
「見えてたのならいいわ!」
そんな刺々しくも思えるほどの会話の中で、彼女たちはフットサルにのめり込む。

練習でも試合でも負傷する。その傷をごまかしながら、彼女たちはステージで踊っていた。

彼女たちは、キレイな女性たちがかわいく、そしてケガをしない程度にやっていたわけではない。

彼女たちのプレーを見たことがある人は、どれほど必死だったかを知ることができただろう。

試合前の円陣にまでカメラを突っ込まれるほどプレッシャーを受けながら、勝つことで自分たちの価値を証明しようとしていた選手たちは「リアル」だった。汗も涙も怒りも喜びも、みんな本物だった。

彼女たちの技術は飛躍的に進歩したが、一般の大会に参加したときには苦戦することが多かった。0-7、2-9など大敗した試合も少なくはない。それでも彼女たちは厳しい相手との挑戦を続けた。その姿こそ、彼女たちが目標とした「フットサルの普及」に勇気を与えたことだろう。「負けても、勝つまで続けよう」という無言のメッセージを発信し続けたのだ。


そして吉澤さんがフットサルによって輝きを取り戻したこの時期、奇しくもほぼ同時に、モーニング娘。としての活動もまた大きく動くことになります。
3代目リーダーになったばかりの矢口真里さんが恋愛スキャンダルによりグループを脱退したため、在籍メンバーの中で年長だった吉澤さんが2005年、急遽モーニング娘。の4代目リーダーに任命されたのです。

『LOVEマシーン』の国民的大ヒットからすでに6年。
26枚目のシングル『大阪 恋の歌』が発売された頃、と書いて、当時のモーニング娘。の姿を思い出せる人は一体どれだけいるでしょうか。

でもファンだけは見ていました。
実力も経験も十分だった先輩メンバーがスキャンダルで突然抜け、演出もパート割も振り付けも全て変わってしまった、たった2日後の全国ツアーのコンサート。
まだほとんどが10代で不安定だった若いメンバーを背に、自身もまだ若いのに新リーダーとしてステージに上がった吉澤さんのその姿と言葉は、本当に立派で、ただただかっこよかった。

www20.atwiki.jp

「矢口さんが、自分からモーニング娘。を辞めると決めたことは
誰にも説明できることじゃないかも知れないけど
矢口さんとずっと一緒にやってきたわたしたちメンバーには、
とても理解できると思います
ファンのみなさんの中には納得できないかたもいるとは思いますが、
わたしたちメンバーは、やぐっつぁんらしい、潔い決断だなと思いました
そんな矢口さんの気持ちを汲んであげてください」
一拍あける。会場から拍手。
「(声色がちょっと明るめに)やぐっつぁんが突然いなくなっちゃったけど、
わたしたちモーニング娘。は、応援してくださるみなさんと一緒に
今日のコンサートを、盛り上げたいと思ってます(会場拍手)
もちろん矢口さんもそれを強く望んでると思います(会場拍手)
わたしたち10人で、矢口さんのぶんまで頑張っていきます!(会場歓声)
それでは、モーニング娘。コンサートのスタートです」

www.youtube.com
(同ツアーの最終公演の映像)

モーニング娘。が後に再ブレイクを果たす頃、フィーチャーされたのは著しくスキルアップしてライブ特化型アイドルになっていった2007年からのいわゆる”プラチナ期”でしたが、私自身は今日のモーニング娘。があることに対しての大きな感謝を、吉澤さんがリーダーだったその前の2年間にも向けたい、とずっと思ってここまでやってきました。

人数が増え、オリジナルメンバーはいなくなり、テレビや新聞では落ち目と書かれるばかりの時代、メンバーを鼓舞し、残ったファンを引っ張っていたのは間違いなく吉澤さんでした。
だからこそモーニング娘。はあの苦しい時代にもシングル『歩いてる』で3年半ぶりにオリコン1位をとることができたし、『リボンの騎士』の好演でその後に続く本格的アイドルミュージカルの素晴らしい歴史も作ることになりました。

そして私はファンなので、吉澤さんがリーダーとしての仕事を全うし、彼女が”元モーニング娘。”になって以降の姿も、変わることなくずっと見てきました。
卒業後に出会ったロードバイクやダイビングに打ち込んでいるとき。
出身地の広報大使に任命されたとき。
そして長い不安を乗り越え、愛するわが子にやっと出会うことができたとき。
「役割を与えられたとき」の彼女のスター性、すなわち輝きとは、今思えば主体性の乏しさが隣り合っていることゆえの、「居場所を見つけた」自信や充足感から来ていたのだと思います。

そしてそれが彼女の場合は幸福でもあり、不幸でもあることに、芸能という世界と繋がっていた。


ニュースを見るのは辛いです。
ただただ、悲しいし、ずっとむなしいです。
だけど眩い世界でいつしか流され、一人の人間として見失ってしまっていたものがあるなら、罪と向き合うとともにどれだけ時間をかけても失くしたものを取り戻して、今度は確かに自分の意志で、一歩一歩人生を歩んでいってほしい。
たとえそれがステージではなく、もう私が知ることのない、遠い日々の中にあったとしても。


そしてファンであると同時に、社会の隣人でもある私にできることがあるとしたら、それは吉澤さんが芸能人ではなくなった今日も、過去にあったその感謝までを無かったことにはしないと、こうして自分の小さな意志を書き残すくらいことなのかなと、思いました。


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「ハロヲタにどうしても今回の「EX大衆10月号」を読んでほしい理由」

9月15日(一部地域は16日~)発売の『EX大衆 2018年10月号』で、「ハロー!プロジェクトへのラブレター」という企画ページの取材・文を担当しました。
全5ページ、今回はガッツリ、表紙の目立つところに企画名が掲載されています。



企画のお話をいただいて、すべての原稿を出し終わった約1週間後、北海道に住んでいる私は北海道胆振東部地震に遭遇しました。
自宅は震度5以上の強い揺れがあった地域で、また報道の通り、地震の影響で北海道全域がブラックアウト(大規模停電)に見舞われたため、我が家も9月6日の深夜から丸2日間をつづく余震と停電の中で過ごすこととなりました。

私が吉澤さんのニュースを知ったのは停電中、真っ暗で不安な最初の夜を迎え、なんとか情報収集をしようと重くなったネットでTwitterに接続したときです。



地震がなければなんとか、言葉なくショックを受けているであろうファンをなんか励まそうとか気持ちに寄り添おうとか、そういうことを考えていたと思うのですが、このときばかりは無理でした。
自分がもはやショックを越えて、暗闇の中でただ茫然としていました。

電気が復旧した9月8日以降にやっとニュースの詳細を知ることとなりましたが、まだ捜査が続いているとはいえ、吉澤さんはこれから、長い時間をかけて被害者と自分の起こしたことに向き合っていかねばならないことは間違いありません。
向き合うべき相手、聞くべき声をどうか間違えることなく、一日一日を確かに歩んでほしい。それが同じ社会に生きる人間としての、願いです。

その上で。


私は中学の時から、時に楽しく、時に辛い自分の人生を、ハロー!プロジェクトのアイドルたちとともに過ごし、ここまで生きてきました。
ファンだからこそ、ハロー!プロジェクトの与える希望や光が誰か一人の功績ではなく、今まで所属した全ての人たちとスタッフ、そして数えきれないほどたくさんのファンの応援によって生み出されてきたことを知っています。

普段見ていない人が思い出したように「ハロプロ」のすべてを否定する一方で、誰も見ていない私の人生の苦しさに、そっと寄り添って救ってくれていたのもまた「ハロプロ」という存在です。

何も知らない人は今回のEX大衆がお店に並んだとき、表紙だけを見てもしかしたら笑うかもしれません。
もしかしたらこのタイミングでこの企画が出てしまう担当さんも、内外どこかしらで笑われたりしてしまってるかもしれません。

だけど、今だからこそ、この企画は一人でも多くの方に読んでいただきたいし、きっと読んでもらう価値があると思っています。

企画内ではさまざまな場所のハロプロファンの皆さんに、ハロプロにまつわる極私的エピソードを話してもらっているページもあります。(※取材は8月です)

<ご協力いただいた方々>
DA PUMP TOMOさん(@dapump_tomo
岩手めんこいテレビ 武田知沙さん
predia 沢口けいこさん(@sawaguchikeiko
漫画家 みずしな孝之さん(@sinamism
声優・歌手 吉野裕行さん(@_yocchin_______
SUPER☆GiRLS 渡邉幸愛さん(@SG_KOME_avex
タワレコ高崎オーパ店(元は下田店)のハロヲタ店員さん(@TOWER_Takasaki
HMV立川店のハロヲタ店員さん(@HMV_Tachikawa

ファンじゃない人が語るよりももっと本当は、アイドルとは、ファンの暮らしや人生の近くにいつも優しくいてくれるものなんです。
文字通りこの企画は、たくさんのファンを、
そして弱い私を20年間励まし救ってくれた女性アイドル集団、ハロー!プロジェクトへのラブレターです。

EX大衆は書店やコンビニでの販売の他、dマガジンでも配信されます。
すべての人にこの記事やここにある気持ちが届くとは到底思っていませんが、もしこの記事を読んだ後に表紙を見かけたら、その時はぜひ、前向きな気持ちで手に取ってほしいです。


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「ただただテレ東音楽祭2018のモーニング娘。OGの話がしたい」

※今回はほぼ推敲してません、ご了承ください

*1

■モーニングコーヒー(中澤石黒飯田福田)

リアルタイムで見たときは「はや!!」と思いましたがなっち抜きであとに3曲控えてるとなるとこの早さもわかる。
それよりも古参が超感謝したいのは福田明日香にあんな可愛らしいドレスを着せてくれたこと。
あんな可愛らしいドレスを着せてくれたこと(ここほんと大事なので2回いいました)

現役時の明日香の衣装っていっつもこんな感じの二択だったので、まさかあの明日香が、周り回って1期最年少=肩出し脚出しドレスメンを担当する姿が20年後にやってくるなんて、っていう感じなんですよ。
しかも一晩明けて今思うのは、モーニング娘。って普段いっつも「先輩から受け継ぐ歴史」の話になってしまうんですけど、この明日香のドレスに関しては完全に後に続いたたくさんの後輩たちが1期メンバー福田明日香に着せてくれたものなんだよなって。
あぁモーニング娘。ってすごいな、やっぱりいいなって明日香のドレス姿だけですでにこれほど語れてしまう…
あと石黒彩が単独パンツ要員というところがまた素晴らしい、飯田圭織のビジュアルクオリティ半端なく、中澤裕子はやっぱりいつまでもミニ丈履いててほしいと願ってしまうところで(わからん人は「紳士はミニがお好き」でググってください)、
パンツが様になるメンバーってアイドルグループの旨味成分としてとても良い。
つんく♂のプロデューサー的感想をぜひあのノリで聞いてみたい。

■抱いて HOLD ON ME!(中澤石黒飯田福田保田矢口)

この6人が揃う番組でこの曲持ってくるのはまぁ予想のつくところとして、オリジナルが安倍福田の2TOPで、今回安倍が産休というところを突いての
後ろから保田!!!!!!!
福田保田の2TOP!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

(決めてくれた人の末永い幸せをガチで祈るレベル)

福田明日香卒業後のモーニング娘。の歌唱力をずっと支え続けていたのが保田圭、実際に福田卒業後の歌パートを保田圭が任されて歌うという構図を我々は何年も何年も見続けてきたわけで、福田と保田はずっと重ならなかったニコイチの屋台骨、
それがここにきてついに保田が並んで、明日香と『抱いて HOLD ON ME!』2TOPやるんですよ。

歌手になりたくて高校辞めてモーニング娘。に入った保田にとって、あの1999年に福田明日香の歌割を任されたのはおそらく石橋貴明に初めてイジられた瞬間くらい彼女の人生を大きく変えたであろう出来事なんですよ、それがまさかの2018年に、しかも沢山の人が見てるゴールデンタイムのテレビの中で実現するなんて。
だからかこのテレ東音楽祭2018、というか『抱いて HOLD ON ME!』を歌っている瞬間の保田は、後年のケメコキャラでもおブスキャラでもなく、ただ純粋に福田の歌パートもらってギラギラしてるあたりのあの保田圭に戻っててほんっと素晴らしい。
そしてその対になる福田明日香はさらっと(いい意味で)余裕で歌いこなしてるのが、これまたグッとくる。

あと地味なようで何十回と繰り返してみてしまうのが「何度も聞いても同じ」からの短い時間に凝縮された同曲オリジナルメンバー、福田石黒のやりとり。
福田がソロパートの「(何度も聞いても)同じ」のあたりでちょっと石黒(の来るはずの方角)に目線をやって次の瞬間に福田石黒のオリメン2人が「ねぇ別れたくない」で見事にサビ前をキメる。
石黒は本人の人柄もあってか、こういう復活ものはどこか一歩引いて歌ってしまう、他メンに主役を譲ってしまうみたいなところがいつもでてしまって、それは福田が復活するまでOG最古メン、年齢的にも上の方となれば仕方がない部分があったんですが、
今回本格的に福田が戻ってきてくれたことで、この「ねぇ別れたくない」の歌パートは久々に現役当時のあの石黒彩が見れた感じがした。
ここの石黒の表情にマイク持つ手の力の入り方に弾み方、これほんと相当楽しかったんだろうなぁって。

■恋のダンスサイト(中澤飯田保田矢口後藤吉澤)

全員30代~になった黄金期モーニング娘。OGならではの話で、出れる面子が限定されるときに、どの曲をやるかっていうのはおそらくあと5年くらい続く事情だと思うんですよ。
その流れで今回は3期後藤は出れるけど4期は吉澤しか出られない(メンバーが半分産休中だから)ってなったときに『ハッピーサマーウェディング』キツイ、『I WISH』もキツイ…となって結果選曲が4期加入前の『恋のダンスサイト』になるのはしょうがない。
つうか4期ってこれに限らず結構加入前の曲をオリメン然として歌わなきゃいけないシーンが結構多い立ち位置だった気もする。

そしてここでカメラが切り替わると卒業後の福田石黒は一度抜けていて、あーーって思ってしまうんですけど
結局その直後から私らの視線は案の定もう後藤真希ばかり追いかけてしまうのです。
吉澤以外のメンバーもオリメンなのに、もうこれはしょうがない。
あぁごっちん可愛い。ごっちん可愛い。ごっちん可愛い。こんな可愛い32歳いるかよ14歳のあの時と全然可愛さが変わってないよすごいよ後藤真希!!!!!
ほんと唯一無二のスーパーアイドル…
(そらテレ東も「ちょこラブ腹筋」流すわ)

■恋愛レボリューション21(中澤石黒飯田福田保田矢口後藤吉澤)

そしてこの曲がかかった瞬間に奇跡はおきて、なんと画面横からさりげなく石黒福田がカメラの中に戻ってくるわけですよ。
しかも現役時というかここ20年ありえなかった、恋レボのあのリズムクラップで。
私ここでテレビ前で絶叫した。

しかもさ、取り囲んだ国分太一を「さあ踊れますか一緒に踊りましょう」みたいな雰囲気でいきつつ実は入りの部分にめちゃくちゃ慣れてない感じがにじみ出ている福田明日香。
これだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

中澤姐さんも後にブログで言及してましたが、まさか福田明日香が33歳にして恋レボのダンス覚えてモーニング娘。に戻ってくるなんてヲタですら夢にも思ってなかったよ、こんなん実現するんだよそりゃ加護ちゃんも復活するわ。
しかも今回すごいのはそのまま、恋レボのパフォーマンスメンバーとして福田石黒が当時の4期パートに入るんですよね。
これはおそらく安倍石川辻の誰かもう一人でも産休入らず出演できてたら絶対に実現してなかったシーンだと思う、
しかもカメラ割を見るに辻加護パートを補っているのが福田石黒という!!!!!!
(※このレアさがわかる人、お互いヲタ人生長生きしてますねお元気ですか)

しかも、まだこの曲は語りたいシーンがある。
あのラブマまでメンバーとして在籍していた石黒彩はともかく、上にツイートにもあるように福田明日香は現役時代、この手のアイドルダンスというのは完全にやらずに卒業していたわけで。
この恋レボでもやっぱり気恥ずかしさがあるのか、明日香は基本ダンスの入りが微妙にワンテンポ遅いんですよね。

…なのに曲がサビに入る直前、歌詞でいうと(Woo Love Revolution)の後の(オーイェーイェイェー)でメンバーが散らばっていく瞬間、
オリメン矢口吉澤がオリジナル通りのピースマークの振りをする中で、一人手でグッとカウントとって外にハケていく同じ画面の福田明日香。


これよ!!!!!!!!!!!!!!
これなんだよ2000年代のモーニング娘。と1990年代のモーニング娘。の姿って!!!!!!!!!


そしてその直後のサビで完全パフォーマンス型でリズム刻んでる後藤真希と横揺れ絶対スタイルでリズム刻んでる福田明日香が横並びで見られたときに、モーニング娘。の20年を見た気がしてめっちゃ感動したし、どっちももっと見ていたいと思った。

あとラブマで見慣れてたとはいえ、この恋レボで1期年長の中澤石黒が並んであのダンスを踊る意味の深さたるやですよ。
一瞬なんだけどこの部分はちょっと涙すら浮かんでくる。

福田明日香の喪失感も長いことあったけど、私はこんな石黒彩のifを本当は見てみたかったんだなって、あの脱退から19年経って今やっと気づいた。
そう思うと20代後半で横揺れ絶対スタイルから完全パフォーマンス型にちゃんとスライドした中澤裕子ってほんと偉大だったんだな、かっけえよすごいよ中澤裕子

https://ameblo.jp/nakazawa-yuko/entry-12386877481.htmlameblo.jp

(今日からまた頑張って生きよう)


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「モーニング娘。尾形春水が21年目のアイドルグループに思い出させてくれたもの」

2018年6月20日。
本日をもって、モーニング娘。12期メンバーの尾形春水さんが約3年半の活動を終え、モーニング娘。を卒業します。

*1
ameblo.jp

その卒業ライブの、前日夜。
デビュー時のモーニング娘。をリアルタイムで知っているファン歴の私は、所用でちょうど1998年の『サマーナイトタウン』MVを久しぶりに視聴していました。

現在のメンバーの半数以上がまだ生まれていない、そんな頃のモーニング娘。の姿。
このダンスの最高到達点が”焼き銀杏”こと福田明日香さんのドルフィンであったという中学生の頃の記憶を再生30秒で思い返したとき、なんかふと、明日卒業する「モーニング娘。尾形春水」のことを改めて思ったんです。
 あぁ、だから私は卒業を決めたときからの数か月間の彼女が、モーニング娘。として一番好きだったんだなって。


まるで青春のように短く鮮やかに駆け抜けていった尾形春水さんの存在によって、はっきり認識できたことが一つあります。
それはモーニング娘。の歴史の分岐点とは、つんく♂氏が総合プロデュースから離れた事ではなく、やはりプラチナ期直後の2011年、芸能スクールの最高到達点(鞘師里保さん)とハロプロエッグ出身者(譜久村聖さん)の2人を新メンバーとして迎え入れたところにこそ、存在していたんだなということ。

決してその選択が良かった悪かったというような内容の話ではなく、その上で

1997年から2010年までの25人、1期から8期までのモーニング娘。を振り返ると、そのメンバーというのは完全に素人orアマチュアレベルのスクール経験者でしか構成されていなかったんです。
事実ソロデビュー以後に変則的に編入された藤本美貴さんを除けば、それまでのモーニング娘。たちのスタートには、ステージに立つアイドルとして何かしらの赤点ポイントがありました。

しかし90~00年代のモーニング娘。というのは「ほぼ素人」という出発点だけは揃っていたからこそ、歌が下手でも、ダンスが下手でも、リズム感がうまくとれなくても、メンバーやファンは成長をじっくり待てたし、成長がなければ個性という形での結実をゆっくり待つ、そんな心的余裕も同時に持ち合わせていました。
その時代の最高傑作が6代目リーダーの高橋愛さんだったとするなら、モーニング娘。在籍10年の彼女は最初から何もかもがすごい人だったというわけではなく、デビュー時のリズムキープなどの自己課題を何年もかけて克服していった、努力による後天的な”プロフェッショナルの神様”だったんです。

しかし約4年にわたるメンバー固定も経て作り上げられた「プラチナ期」は、特にライブステージにおいてのモーニング娘。への期待値を、どんどん引き上げていきました。
その流れの中でグループがもう一度卒業と加入という自らのアイデンティティに向き合うことになったとき、素人集団だった歴史と直近の高い期待値の間に架けられた希望の橋が、まさに若くして高いスキルやステージ経験値を備えていた鞘師さん、そして後に9代目リーダーにもなるエッグ出身の譜久村さんの存在であったのだろうと思います。

ここで話の主役をもう一度尾形さんに戻します。
9期メンバーの加入によって”プラチナ期の後のモーニング娘。”が進むべき方向が定まり、その分岐点から数年が経つ2014年9月に、モーニング娘。の新メンバーとして加入した当時15歳の尾形春水さん。
元フィギュアスケーターという華々しい経歴こそあったものの、でも本当にオーディション当時の彼女を構築していたのはスケートを辞めた後の「普通の高校生の生活」、そして東京に行ってみたい、憧れのモーニング娘。に会ってみたいと想像する「普通の女の子の心」、その2つでした。

キラキラの笑顔で、学校で友達とモーニング娘。のダンスを真似する、ごく普通の女の子。
本当はそれだけで、モーニング娘。って、良かったはずなんです。

だけど2011年1月からプロ集団という新しい靴にだんだん履き替えていたモーニング娘。の中で、歌やダンス経験がそれまで(アマチュアレベルでも)全くなかった彼女は、すでに完成された高い経験値や若さの伸びしろ、生まれ持った才能といった隣人の芸才と密に接する中で、おそらく自分自身が一番「モーニング娘。」としての存在意義を感じることができずにいた。

ファンにとって、そして尾形さん本人にとっても象徴的な出来事となったのは、後輩メンバーも加入してすでに先輩となっていた尾形さんが、同期の羽賀さんと『ハロ!ステ』というYouTubeの番組で受けることになった特別ダンスレッスン。

ハロ!ステリニューアル!J=JMV2曲&コメント、モー娘。'17ドキュメント、研修生紹介、アンジュ中西MV紹介、J=J宮崎ヘアアレンジ、Q&Aコーナー MC:宮本佳林、山木梨沙【ハロ!ステ#214】 - YouTube
(元映像:12:06~)

羽賀朱音:『ハロ!ステ』というYouTubeの番組の企画で、ふたりでダンスレッスンをやっていたんですけど、私もたぶん同じ気持ちだったんですよ。13期が入ってきて、最初からいっぱい歌割りとかももらっていて、その中で12期の私たちがダンスレッスンを受ける企画……こういうのって普通はいちばん下のメンバーがやるじゃないですか。だから「なんで私たちなんだろう」と思っていたんですけど

尾形春水:その企画では、ふたりでめちゃくちゃ悩んだし、悔しいと思ったし、その中で「やってやるぞ!」って話していたんですけど、私がすごく弱くって「なんで私が……」となっちゃって、そのダンスレッスンは何回かあったんですけど、そのうちの1回を私がお休みして、あかねちんがひとりになっちゃったときがあったんです。そのときは「申し訳ないな」という気持ちはあったけど、「もう無理だ。行けない……」となってしまって

Billboard JAPAN

後に尾形さんはちゃんと企画に復帰し、実際モーニング娘。としてステージでのスキルアップにもこの企画を元に成功しているのですが、きっと90~00年代のモーニング娘。と、10年代のモーニング娘。である尾形春水が挫折感の中で立たされていた場所っていうのは明らかに違ったと、ファン歴の長い私はずっと、そう思っています。

だからこそ、卒業の直前に尾形さんが話したこの言葉が、なおさら胸にきたわけです。

(自身では、どんなモーニング娘。人生だったなと感じていますか?)
本当にたっくさんの人に出逢えた! 普通の高校生をしていたら、同期もそうだし、メンバーもそうだし、大阪から飛び出して日本中の方々と逢うこともなかったですし、いろんな大人の方々と話す機会もなかっただろうし、バースデーイベントで大勢の人が私の誕生日をお祝いしてくれることもなかった訳で。そんなこと、普通に生きていたらないじゃないですか。だから本当に貴重な経験だったなと思いますし、いちばん大きいのはファンの皆さんの存在で、私のコンプレックスとか……歌やダンスの苦手なところとか、すべてを愛してくれて、「こういうはーちんも個性だよ」って言ってくれて、「歌もダンスも成長している姿が好きだよ」って言ってもらえて……

そうやって自分に自信をつけることができたモーニング娘。人生でした。

Billboard JAPAN

モーニング娘。ってやっぱり、本当は歌の上手さや、ダンスの上手さだけで説明できるものではないと私は思うんです。
上手く歌えなくても、上手く踊れなくても、モーニング娘。のメンバーに選ばれた人たちは必ず全員にその加入の意味というのがあって。
モーニング娘。12期メンバー・尾形春水の加入はこれからも新時代の本格派グループへ目標高く向かっていくモーニング娘。とファンにもう一度、「女の子がコンプレックスも含めて自分を愛せるようになっていく尊さ」を、スキル時代の前に確かにあったモーニング娘。のその愛の形を、見せてくれたんじゃないかなって。


いつも懸命に胸に手を当てて歌っていた姿も、どこかついつい目で追ってしまうダンスのときの表情も、そして本当に楽しいときに出るあのくしゃっとした人懐っこい笑顔も、それは今のモーニング娘。にとって、とても大事な存在でした。

そして、これからもきっと歴史が必要とするはずです。

武道館へと続く遠い空の下より、尾形春水さん、ご卒業おめでとうございます!
明日からのはーちんの人生も、笑顔が溢れる、どうか幸せなものになりますように。



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「稲場愛香には東京でしか見れない夢がある」

ハロー!プロジェクトに、また大きな動き!
2017年秋からソロ活動を行っていた稲場愛香さんが、なんとアイドルグループ・Juice=Juiceに加入。

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加入発表時のドキュメント映像:【ハロ!ステ#274】稲場愛香今後の活動について、モー娘。20周年企画、モー娘。12期定点観測、ハロプロ研修生LIVE、新グループ加入メンバー発表、ランチ MC:尾形春水 - YouTube

これがなぜハロプロファンをざわつかせたかというと、1つは稲場さんのソロ活動までの経緯。
彼女は2015年に一度、すでにカントリー・ガールズというアイドルグループの一員としてメジャーデビューを果たしています。
しかし故郷の北海道から上京した彼女は同時に持病の喘息にも悩まされるようになり、2016年4月に一度芸能活動を休止。
その後もなかなか症状の改善には至らず、「グループの活動にもこれ以上迷惑をかけられない」という本人の意思と家族や医師を交えた話し合いの結果、彼女は2016年8月をもってカントリー・ガールズから卒業という形になっていました。
 
そして次に表舞台に出てきたのは活動休止から1年半後の2017年9月。
地元北海道で改めて治療に専念し、芸能活動に支障がないレベルまでの回復に至った彼女は、そのままソロタレントとして北海道で復帰。
以降の彼女は北海道のローカルテレビやラジオ、また後輩たち(ハロプロ研修生北海道)の教育に力を注ぎ、精力的に活動していました。


知っとく北海道&おひな❁︎♡ | 稲場愛香オフィシャルブログ「まなかんめもりーず」Powered by Ameba

実際北海道ではこの1年、ローカル番組でアシスタントとして出演したり、イベントのステージに立ったりという彼女の姿を頻繁に見ることができました。
その際の彼女というのはいつも懸命で、笑顔で、ひとつひとつの仕事をとても大事に行っているのがすごく伝わってくる姿だったのですが、
同じ北海道に住む自分には、いつからかそこに重ねて気になり始めていたことがありました。
「彼女はこの先に、どんな夢を描いているんだろう」
 
彼女はもともと幼い頃から、ずっとダンスや歌のステージに憧れながら、この北海道で生活していました。
4歳からダンススクールに通い、デビューオーディションを受け続け、実はハロプロ入りの前にも一度、北海道のローカルアイドルグループのメンバーになっています。
しかしそのグループはたった1年、わずか1枚のシングルだけで解散の憂き目にあいました。
そしてハロプロ研修生のオーディションに合格したのが2013年。
それからはデビューの確約がないまま、故郷の北海道と東京を行き来しつつバックダンサーとして必死にステージに立つ日々。
それでも彼女が頑張れたのはおそらく、その「東京」にこそ、ずっと追い求めていた自分の夢の形が存在したからです。
 
人は生まれる場所は選べませんが、どんなに遠くても、どんなに理不尽でも、芸能の夢を見た人が才能の花を本気で咲かせられるチャンスは、これからもきっと東京という限られた場所にしか存在しません。
それをわかっていたから彼女は諦めず、北海道からデビューを勝ち取り、一度チャンスを掴みました。
しかし待っていたのは体調問題という10代の子には想像もできなかった「壁」と「東京での挫折」。
 
きっと療養中も復帰後も、芸能の才能に恵まれた彼女の中では、夢と現実の狭間の逡巡というのは、私たちの想像以上にあり続けたのではないかと思います。
だからこそ彼女は一生懸命に北海道で活動していたし、実際にこのままローカルタレントとして地元で生きていくという選択肢も、内心には少なからずあったはず。
でも彼女はグループでの再デビューという所属事務所の打診に、もう一度夢を追うこと、「大きな挫折の先でもう一度東京に行くこと」を決めた。
 
まだ20歳の若さでのこの決断は、本当に本当に、勇気がいることだったと思います。
 
 
もちろん、その復帰先が(昨年から活動方針の変更により活動ペースが緩くなり、体調問題も考慮しやすかったであろう)カントリー・ガールズではなかったこと、
また全国ツアーのあるグループへの加入で再度体調管理が心配されることなど、いろいろ思うことは、ファンの方ほどあると思います。
ただ同じ北海道に住んでいる者として、これだけは知ってほしいのは、
「若い彼女にはこの遠い北海道じゃ叶えられない夢が、やっぱりまだあったんです」。
 
東京でしか叶えられない夢を地方の子が見続けるのは、本当に大変で、辛く苦しいこともあります。
だからこそ若い彼女の選んだ道を、どうか暖かい光で照らしてあげてほしい。

それが一番できるのは事務所でも業界人でもなく、絶対に、ファンなんです。


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「月刊エンタメで新連載「モーニング娘。年代記」が始まりました」

初めての雑誌連載のお知らせです!
月刊エンタメさんにて、2018年7月号から「モーニング娘。年代記~ニッポンと娘。の20年の物語~」という連載をやらせていただくことになりました。

↑にもある通り、「愛の種」(1997)と「モーニングコーヒー」(1998)から始まったモーニング娘。は今年でメジャーデビュー20周年ということで、
この20年間、トップアイドルとして走り続けてきたモーニング娘。の姿と平成ニッポンの20年のストーリーを改めて重ね合わせ、モーニング娘。とは何ぞや、その歩みとは何ぞやというのを1年ごとに振り返っていきます。

古参の方はもちろん、最近の娘。を好きになった若いファンの方にも改めてその時々の娘。たちの姿を共有していただき、
もっとモーニング娘。を知ってもらえるように、そしてこれからもモーニング娘。を深く長く応援してもらえるように、
そんなひとつのピースとなれるような内容を目指して、こつこつ頑張っていきます。

月刊エンタメさんは毎月30日発売です!
ハロメンのインタビューもよく掲載されている雑誌なので、特にハロヲタの皆様、何卒よろしくお願いいたします!


<追記>
2019年より、ウェブメディア・ENTAMEnextにも掲載されています
entamenext.com


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「アンジュルム・和田彩花の「手放す勇気」」

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アンジュルム・和田彩花が4月5日、自身のブログでグループ卒業を発表。
ハロプロでは2014年にモーニング娘。の道重さゆみが、また2016年には℃-uteの矢島舞美やBerryz工房/カントリー・ガールズの嗣永桃子がそれぞれ25歳を控えたタイミングでグループから卒業しており、和田の卒業時期も、ちょうど彼女が25歳を迎える2019年の春となっている。

和田彩花は以前、ファン向けの会員限定メールで25歳という年齢について「人生を考えるとただの数字ではない」と表現していたことがあった。
これはハロプロのような女性アイドルに限らず、実は男性アイドルも少なからず意識してきた年齢である。
日本の男性アイドル史を紐解くと田原俊彦や少年隊、光GENJIのメンバーは、いずれも25歳を迎えるあたりで自身の変化を口にし、活動方針の変更やグループからの卒業を決めていた。
また近年のアイドル史においてとりわけエポックメイキングな存在となったSMAPも、それまで身近な生活や恋愛ソングを歌うことが多かった中、普遍的な人間愛がテーマの「世界に一つだけの花」をシングルリリースしたのは、最年少の香取慎吾がちょうど25歳を過ぎた時期だった。

彼ら彼女らの行動・発言を見るに、アイドルの25歳とは、限界ではなく「成熟」という言葉が的確なのだろうと思う。
そして今回のアンジュルム・和田彩花の「成熟」とは、最後のオリジナルメンバーであった自身が、約10年間慈しんできた大切な存在の手を、自ら放すことだった。

「新しい形を自分たちの手でみんなで作っていくことに意味があり、大切な経験となります。良い意味で私を忘れて、みんなで「アンジュルム」をつくってもらいたいです」
皆さまへ | 和田彩花オフィシャルブログ「あや著」Powered by Ameba)

そして、もうひとつ注目したいのは、卒業と同時に語られた彼女の今後の展望。
和田はグループを離れた今後について、「30代になったとき1人でステージで歌って踊っていることが次の目標です」「そして、できればアイドルで居たい」と語っている。
彼女が成熟とともにもうひとつ手を放したもの、それは他者が決めた限界なのだろうと、彼女のつづった卒業報告を読んでいて感じた。
「30代で」「アイドルでいたい」、これは言い換えれば「成熟からの」「創造」。

「ここから本当のスタートを切ることができます。自分の表現とはどういったものなのかワクワクします。
そして、みんながいろいろな事を抱えながらそれでもキラキラ輝けるように。たくさんの方に勇気を与える、いつでもそのとき輝く女性であり続けたいのです」
皆さまへ | 和田彩花オフィシャルブログ「あや著」Powered by Ameba

まだまだ女性アイドルに対する理解が進んでいるとはいいがたい現代の中で、25歳を迎える彼女はこれから、今度は自分だけの人生で、新しい作品を世界に映し出そうと考えているのだろう。
人々の心を震わせるものとは、いつの世も慣習の安息を手放し、非常識を常識にひっくり返す勇気を持ったものから生み出され、育まれていくもの。
そしてそれが、年齢や性別に関わらずしっかりと受け入れられる環境こそ、平成以降のアイドル文化にとっても、きっと本当の意味で「成熟」を迎える大きな鍵となる。


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「年に1~2回、avex移籍後の後藤真希さんの『宝石』を聴いて心震える日があります」

年に1~2回、avex移籍後の後藤真希さんの『宝石』を聴いて心震える日があります。
気づいたらもう8年も前の曲になるんですが、音もパフォーマンスも、そして後藤真希という女性も、まったく古びません。
いつまでも眩いまんまで、泣けてしまうほど綺麗なんです。

『宝石』の何が良いって、avex移籍後の後藤さんは当初ちょっとavexらしいゴリゴリ系ディーヴァというか、グイグイ系ディーヴァというか、
アーティスト活動においてそういう雰囲気を身にまとっている節、本人にもまとわなきゃいけないという気負いのようなものがあったんですね
(たしかにハロー!プロジェクト在籍後半も、ライブがちょっとそういう方面に開けていたので、決して間違いではない)。

ただ、一見ゴリゴリでグイグイ系に見られる後藤真希さんが本当に人の心をつかむときって、あの外見の奥にある「人としての芯」に、視聴者/リスナーが思わず触れてしまったときなんじゃないか、と思うんですよ。
あれは、届かない美しさを見てしまったときの見惚れる感じに近い。

『宝石』は、彼女がプライベートでいろいろ辛い体験をした直後の楽曲でもあります。
あんまりそういうことを安易に重ねたくはないですが、それでも誰よりも他者の幸せを願い、愛を注ごうとする人である彼女が、ひとりのアーティストとして残したこの曲は、今からでもいいからもうちょっと多くの人に知ってほしいなと思います。


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宝石

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「#ハロプロで迷ったらこれを聴け 「新生活とハロプロ」編」

2018年で誕生20周年となるハロー!プロジェクトの膨大な楽曲の中から、毎回テーマごとにプレイリストをつくり、公開していきます。

<2023.12>
内容を最新のものにアップデートしました。

#ハロプロで迷ったらこれを聴け 「新生活とハロプロ」編

多くの人が新生活を始める4月、春といえば新たなスタートの季節。今回は「新生活とハロプロ」をテーマにセレクトした、人生の第一歩にぴったりの全15曲です。

YouTubeで一気に聴く方はこちらから(再生リスト)
#ハロプロで迷ったらこれを聴け 「新生活とハロプロ」編 - YouTube

1・タンポポ『たんぽぽ』

www.youtube.com
タンポポ たんぽぽ 歌詞 - 歌ネット

1999.6リリース。どこにでもある花、しかしどこにだって咲ける強さを持ったその花を、モーニング娘。の歴史で初めて誕生した派生ユニットが歌う。

2・松浦亜弥『ドッキドキ! LOVEメール』

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松浦亜弥 ドッキドキ!LOVEメール 歌詞 - 歌ネット

2001.4リリース。デビュー曲にして平成アイドルの傑作。当時まだ14歳だった松浦亜弥が、上京してまもない女の子の恋心を歌った。

3・後藤真希『スクランブル』

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後藤真希 スクランブル 歌詞 - 歌ネット

2003.6リリース。ハロプロ時代のシングル曲で、今も後輩たちに歌い継がれているほど人気なのは、まさにこんな理由から。
「お、いつもと同じ街の風景をキラキラさせる魔法をかけてくれる曲じゃん」(YouTubeコメント:@ASA-bo9qm

後藤真希 2001-2007

後藤真希 2001-2007

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4・モーニング娘。『みかん』

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モーニング娘。 みかん 歌詞 - 歌ネット

2007.11リリース。現在までずっと歌い継がれている、モーニング娘。からの歴史的エールソング。
「積極的に生きるんだ 人生は一回」

5・Berryz工房『ライバル』

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Berryz工房 ライバル 歌詞 - 歌ネット

2009.6リリース。いつも楽しくにぎやかなアイドルグループ・Berryz工房らしい楽曲でありつつ、サビの「ライバルは 弱気で後ろ向きな私」というフレーズに思わず泣いた大人は数知れず。

6・℃-ute『世界一HAPPYな女の子』

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℃-ute 世界一HAPPYな女の子 歌詞 - 歌ネット

2011.9リリース。就職、恋愛、結婚……一気に世界が開ける20代のスタートラインにこそ聴き重ねてほしい、未来へ繋がるかもしれない楽曲

7・スマイレージ『旅立ちの春が来た』

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アンジュルム 旅立ちの春が来た 歌詞 - 歌ネット

2013.3リリース。後にアイドルグループ・アンジュルムのオリジナルメンバーとなる6名が歌う、一歩目の勇気をもらえる春ソング。

8・ハロプロ研修生『天まで登れ!』

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ハロプロ研修生 feat. Juice=Juice 天まで登れ! 歌詞 - 歌ネット

2013.6リリース(ハロプロ研修生 feat. Juice=Juice名義)。デビューを夢見てレッスンに励むハロプロ研修生たちが、時代を越えて歌い繋いできた作品。

天まで登れ!

天まで登れ!

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9・モーニング娘。'14『明日を作るのは君』

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モーニング娘。'14 明日を作るのは君 歌詞 - 歌ネット

2014.10リリース。8代目リーダーの道重さゆみが約12年のグループ活動にピリオドを打つ直前のアルバム曲で、つつみこむような歌声とそのことばが、孤独な背中をそっと支えてくれる。

10・アンジュルム『次々続々』

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アンジュルム 次々続々 歌詞 - 歌ネット

2016.4リリース。猛スピードで日々変化していく時代の中、不安を抱えながら次に進む人の背中を、アンジュルム持ち前の力強さで応援する楽曲。

11・Juice=Juice『Goal〜明日はあっちだよ〜』

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Juice=Juice Goal~明日はあっちだよ~(Album Version) 歌詞 - 歌ネット

2017.5リリース。高い目標を励ましあいながら追いかけ続ける、グループの未来も一緒に重ねたJuice=Juiceのライブキラーチューン。

12・つばきファクトリー『春恋歌』

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つばきファクトリー 春恋歌 歌詞 - 歌ネット

2017.7リリース。つばきファクトリーの柔らかい歌声がパステル色の陽光に溶け込む、珠玉の春ソング。

13・こぶしファクトリー『青春の花』

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こぶしファクトリー 青春の花 歌詞 - 歌ネット

2020.3リリース。こぶしファクトリーのラストシングル曲。
わずか18~20歳で解散という新たな道を選んだ彼女たちの歌声に、きっと支えられる春もあるはず。

14・BEYOOOOONDS『ビタミンME』

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BEYOOOOONDS ビタミンME 歌詞 - 歌ネット

2020.4初出。カゴメの野菜飲料とBEYOOOOONDSのコラボ曲(当時)で、新生活に必要不可欠な”元気”と”栄養”を、耳からもしっかり摂取できてしまう一作。

15・OCHA NORMA『恋のクラウチングスタート』

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OCHA NORMA 恋のクラウチングスタート 歌詞 - 歌ネット

2022.7リリース。タイトルからも歌詞からも歌声からも未来への高揚感が溢れ出す、OCHA NORMAのデビュー曲。

<その他プレイリストはこちら>

「ハロプロ・プレイリスト」シリーズ

「『HELLO! PROJECT COMPLETE SINGLE BOOK 20th Anniversary Edition』にディスク・レビューで参加しました」

こちら久々のハロプロ案件!
4/2より全国の書店やCDショップで発売されているCDジャーナルのムック本『HELLO! PROJECT COMPLETE SINGLE BOOK 20th Anniversary Edition』に、ディスク・レビューで参加させていただきました。
この書籍は2013年にオリジナルが発売されていて、今回はそこから大幅に増補改訂(Updated)された、ハロプロ20周年記念の完全版となっています。

HELLO! PROJECT COMPLETE SINGLE BOOK 20th Anniversary Edition (CDジャーナルムック)

2013年に発売され好評だったハロー!プロジェクトの全シングルを網羅した『HELLO! PROJECT COMPLETE SINGLE BOOK』がハロプロ誕生20周年となる2018年にパワーアップして『HELLO! PROJECT COMPLETE SINGLE BOOK 20th Anniversary Edition』としてかえってきた!
『HELLO! PROJECT COMPLETE SINGLE BOOK』のカタログに、あらたに2018年3月までに発売された全シングルをくわえた完全版。
もちろん、全タイプのジャケット写真はもちろん、作詞・作曲・編曲クレジット、ディスク・レビューを完全掲載。

今回とくに嬉しかったことが2つあって、ひとつめは、前作は読者として楽しんでいた「HELLO! PROJECT COMPLETE SINGLE BOOK」に、ライターとして参加させていただけたこと。
(※私はその後の「HELLO! PROJECT COMPLETE ALBUM BOOK 」が初参加でした)


そしてもうひとつは、このお仕事させていただけると、ハロプロの公式ホームページに名前が載る!


前回は小娘名義だったんですが、今回は乗田綾子名義でムック本、ハロプロ公式ホームページともに掲載していただいています(本当に泣くほどうれしい)。
ちなみにレビュー原稿は10本くらい新たに書かせていただきました。購入された方、ディスクレビューのページで(乗田)をぜひ探していただけたらと思います!
このブログを以前から読んでる人ほど、このグループを書いたんだと必ずニヤリとするはず!


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