小娘のつれづれ

一人で自分の”好き”を追いかけています。

「蒼い点滅の青春:SPEEDになれない、私とモーニング娘。の乱反射」

今からちょうど20年前の1998年5月、中学3年生の私はその日、修学旅行で大阪に行っていた。
泊まったのは少し古い旅館の一室。
大広間での夕食の後、目の前にあるお土産屋さんに交替で買い物に行き、消灯まで少し時間が空く。
すると同部屋の女子たちが、誰からともなく部屋の中央に集まって一斉に恋の話を始める。
部屋割りの載っている修学旅行のしおりを広げて、自分の好きな男子が、一体どの部屋に泊まっているのかというのを楽しそうにチェックするのだ。
しかしその時の私はというと、恋愛なんて恥ずかしいとか、いじめられているとかでもなく、ただただテレビが見たくて、部屋の片隅の小さなブラウン管の前に一人陣取っていた。
どうしてもその日は、「ASAYAN」が見たかった。

中2までずっと、私はSPEEDになりたかった。
ちょうど中学に入ったときにSPEEDが『Body&Soul』でデビューしている。
同い年の今井絵理子を含む4人がテレビの中で輝いていく姿は、憧れという以上にもはや夢の中で描かれるキラキラした私の姿そのもので、寝ても覚めても、いつも存在を忘れることはなかった。
中でも幼いながらにダボっとしたストリートファッションをしっかり着こなすSPEEDが好きだった。
だから夏休みになるとSPEEDを意識してよくLサイズのTシャツばかり着た。
ナイキのロゴがでかでかと入ったLサイズのTシャツ。それに太めのズボン。
しかしその頃の私がSPEEDと決定的に違うのは、太っていたことと、友達づくりがうまくできず、いまだにクラスで仲の良い友達が一人もできていなかったことである。
いつもクラスで浮いているLサイズのデブ。それが本当の私だった。
だけど夏休みに部屋で一人背中を丸めて『Wake Me Up!』を口ずさんでいると、大人が歌えない高音が出るたびに、私もいつかSPEEDみたいになれると、どこか信じていられるような気がした。

しかしいつまで経ってもクラスでは私はひとり浮いたままで、大きいサイズのものばかり選ぶ私服も、相変わらずどこからどう見てもダサかった。
好きな人はいても話しかけられない。
それは好きになる人はいつもみんなの憧れで、話しかける女子はみんなSPEEDみたいに華奢で、明るくて、垢抜けていたからである。
毎朝クラス替えを祈って教室のイスに座っても、奇跡は起こらないし、当然私は、SPEEDどころか青春を楽しむ普通の10代にさえなれやしない。
アイドルグループ・モーニング娘。をテレビで初めて見たのは、今思えば、ちょうどそんなごく当たり前のことを知った、時期だったのだと思う。

モーニング娘。に親近感を抱いたのはそれこそデビュー作『モーニングコーヒー』のプロモーションビデオを初めて見かけたときだった。
タートルネックに赤いミニスカートを履いたモーニング娘。は確かにアイドル然としていたが、でもその合間に体形を隠すような大きめのパーカーとジーンズで立っている一歳違いの福田明日香は、なぜかお茶の間の冴えない私と、かなりよく似た佇まいをしていた。
だから大好きなCDに囲まれた自室を離れようと、情けでいれてもらった旅行の班で一人浮いていようと、修学旅行の日の私は、どうしても「ASAYAN」で流れるモーニング娘。の新しいプロモーションビデオが見たかった。
恋や男子の話よりも、テレビの向こうの冴えない私が、果たしてどんな風になっているのか、早くその姿を確認したかった。

結果から言うとその日流されたモーニング娘。のニューシングル『サマーナイトタウン』の福田明日香は、背中を丸めてテレビを見ている中3の私と、そっくりそのまま同じ姿でテレビに映っていた。
メインボーカルの一人なのにTシャツに半端な丈のズボン。そして丸い顔。
他のメンバーはみんな肩なり足なりを出して色っぽさを演じているのに、それが福田明日香にはさっぱりない。
だけど福田明日香はたぶんグループで一番、なぜかボディウェーブが上手かった。
しかも華奢な高音ではなく、自分にあったキーで、見事に大人っぽい歌詞を歌いこなしている。
その時、恋愛話に夢中だったはずのクラスメートが一人、輪の中から顔を出して「あぁモーニング娘。いいよね」とぽつり言葉を漏らした。

『サマーナイトタウン』の映像における蒼い点滅は、今振り返るとSPEEDになれないデコボコの私たちが持ち寄る断面、あの時代の”正答”にぶつかって飛び散った、それぞれの青春の乱反射であったように思う。
だってSPEEDなら、3回も大キライなんて言う前に、さっさと彼氏にキスして話は終わっていたと思うのだ。
そしてそれはそれで、確かに夢のハッピーエンドであってくれた。
だけどそれが結局できないから、彼女たちはモーニング娘。になり、さらにいえば私は、猫背と人付き合いの下手さをなおせないまま、中学校を卒業した。

きっと私は忘れえぬ永遠の共有でも、かといって掻きむしりたくなるような胸の痛みでもなく、ただそこにあるデコボコの自分を、そっと時代に肯定されたかったんじゃないか、と思う。

瞼を閉じるとあの頃の景色はいまだ蒼い。
20年経っても、である。


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