小娘のつれづれ

一人で自分の”好き”を追いかけ続け、執筆業になりました。著書『SMAPと、とあるファンの物語 -あの頃の未来に私たちは立ってはいないけど-』(双葉社)好評発売中

「ドルヲタ23年目にして初めてローカルボーイズグループにハマった話」 #NORD #北海道

どうもこんにちは、小娘です。
数年前から雑誌、ネットなどで、主にアイドルライターとして活動しています。

* * *

私はいままで、11歳のときに開眼した某国民的男性アイドルグループ*1に始まり、14歳のときには某国民的女性アイドルグループ*2と、30代の今日にいたるまでの23年間、とにかく国民的と呼ばれる大箱に惹かれ、ずっと応援を続けてきました。

これまでのドルヲタ人生の中では何度か社会的アイドルブームが起き、そのたびに様々な新興アイドルグループが人々の心を掴んでいきましたが、それでもやっぱり私は、国民的アイドルグループが好きでした。それは私が基本接触を望まない在宅系であること、そして何より北海道在住の地方民という環境が大きく、知名度が高い、メディア露出が多いというフックにこそ、アイドルファンとして大きな安らぎを得ていたのだと思います。

しかし。
この2018年、私は突然に、「まだ知名度が低く」「そんなにまだメディアにも出ていない」ボーイズグループにどハマりし、このようなテキストを衝動的に書くにいたりました。

私が出会ったのは7人組ボーイズグループ・NORD。
彼らはよりによって北海道のボーイズグループという、国民的とは全く正反対の全然目立たぬ存在でした。


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https://nord-official.jp/より)

1・その衝撃は一本の動画から始まった

私がNORDというグループ名を一番最初に認識したのは2018年の3月、北海道の超有名ローカル番組である『どさんこワイド179』(STV)に、たまたまメンバーの一人が宣伝で出ているのを見かけたときです。
しかしその時は北海道にもこういう、つやつやしたボーイズグループがまた現れたのだなあ*3というくらいにしか、思っていなかったのが正直なところでした。

ですがそのうっすい認識が一瞬にして変わったのが、ドルヲタの知人にたまたま誘われて参加した2018年6月の「NORD 2nd Anniversary Party」というミニイベントでした。
私がこのイベントで一番衝撃を受けたのは、結成イベントならではのファンサービスの良さ…でもなく、なんなら歌やダンス…でもなく(本当にごめんなさい)、実は、この日が初公開だった「NORD・ユーチューバーデビュー動画」だったんです。


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http://www.cue-products.com/?p=goodsDetail_2530より)


NORDは北海道在住の男子限定オーディション番組『アオタガイ学園』(STV)を経て、2016年に誕生したばかりのボーイズグループです。
東京というメジャーなルートは通っていない、地方のごくありふれた風景で育ちそこに今も住む青年たち。
しかも皆まだ10代後半~20代前半、一般的にもわが身を振り返っても、ここらへんは社会的覚悟より”モテたい売れたいキャーキャー言われたい”がどうしても本能で先行しがちなお年頃です。
そんな若さとマイナー性とアイドル属性を備え持った彼らがイベント中、めちゃくちゃ軽いトーンで発した「NORD、ユーチューバーデビューします!」の言葉。

地方、ユーチューバー、オトシゴロノアイドルグループ…
正直「笑い」を取りに行っても「モテ」を取りに行っても壮絶にすっ転びそうなヤバさしかない条件の中、イベントで”世界最速公開”されていたのが、こちらの動画でした。


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…あっ(察し)


…確かに、NORDは北海道在住の男子限定オーディション番組「アオタガイ学園」(STV)を経て、2016年に誕生したばかりのボーイズグループです。
そしてここが超大事なのですが、彼らはアイドルであると同時に、あのTEAM NACSを生み出した北海道の芸能事務所「OFFICE CUE」の所属タレントでもあるのです。


北海道以外にお住まいの皆さんも、安田顕という俳優さんの名前はどこかで聞いたことがあるかと思います。人気演劇ユニットのTEAM NACSに所属し、『下町ロケット』や『嘘の戦争』など数々の人気ドラマに出演、近年は『愛しのアイリーン』などで映画主演も務めている、あの有名な安田顕さん。
しかし全国各地の俳優・安田顕に対する熱視線とはまた違うところで、彼は北海道の一部視聴者から特別な思いで、その大きな飛躍を祈られています。理由は「皮オペ完全ドキュメント ひと皮剥けた男への道」の記憶。
まだTEAM NACSが北海道ローカルを中心に活動していた00年代前半、バラエティ番組「鈴井の巣」(HTB)にて現事務所会長の鈴井貴之さんが見守る中、安田さんは視聴者からの募金を元に包茎手術を受けました。


そうだこの人たち、スタッフひっくるめて、「OFFICE CUE」なんだったわ(当時「鈴井の巣」で当該企画を見ていた人間の感想)。


聞くところによると鈴井会長率いるOFFICE CUEの社訓は「マルチであれ」だそうです。テレビにラジオに歌にお芝居にと多くの先輩たちが必死に結果を残し続けている中、本当の意味で厳しい芸能界を生き抜いていくためには、モテたい売れたいキャーキャー言われたいでは当然話にならないでしょう。
そしてテレビやCD離れも叫ばれてすでに久しい中、OFFICE CUEがYoutubeに送り込んだのは

ボーイズグループだっつってんのに「ち○こ」をタブーとしないどころか嬉しそうな笑顔で元気に発声してしまうメンバーと、それにOKを出すスタッフの根性


正直まったく想像してなかったレベルで、むちゃくちゃ笑いました。
そしてステージでおなじ映像を見ていた当のメンバーも、自分たちを見て、めちゃくちゃ笑っていました。



「正直すっっっっげぇ面白かった」

一見の客にそう呟かせるNGの無さと本人たちのためらいのなさが、NORDには最初からすでにあったのがすごく印象的で、その強烈な記憶は寝ても覚めても、なかなか忘れることができませんでした。

2・そして意外に楽曲センスが良すぎるNORD

出会いがしらに見た映像があまりにも目から鱗的な内容だっただけに、ここまで一貫して「なんか面白いんだよこの人たち」という側面ばかり語り通していますが、もう一つどうしてもお伝えしたいのはこのNORD、「意外に楽曲センスも良すぎる」
この点に関しては言葉で説明するよりまず、Youtubeの楽曲映像を見ていただきたい。

僕=君・ハート♡キャッチ(2018.3)


『NORD 1st Anniversary Party!!!!!!!!』(LIVE映像)


NORD Spring LIVE 2018~Zepp Sapporoへの道、ここに完結。そして新たな道へ~(LIVE映像)


実はグループ誕生時からOFFICE CUEとともにNORDと深く関係しているのがソニーミュージック。もともとオーディション自体もOFFICE CUEとソニーミュージックの合同開催だったという経緯があり、それゆえでしょうか、地方拠点のボーイズグループという図式からはちょっと想像できないほど、アイドルジャンルとして非常に楽曲の質が良いんです。

ちなみにNORDの楽曲はまだメジャーデビュー前ながら、CDはライブ会場や事務所の通販サイトで、そして音源はiTunes Storeで購入することができるようになっています。
そしてこれは本当に今どきだなぁと思うのですが、定額制の音楽配信サービス・Apple Musicを有料で利用している人は、なんと今までに発表されたNORDのすべての音源がサービス内で再生可能です↓


NORD

  • J-Pop


いわゆる「楽曲派」を自認するドルヲタの方ほど、一度試聴してみてほしい感じ。

3・もちろん、実際に観るとまだまだ成長が必要だなぁと思うところもある

ここまでだいぶ絶賛系の感想を書いてきたわけですが、もちろん、特にライブなどを観に行ってみると、まだまだこれからなんだろうなぁという部分が結構あります。
歌とダンスが基軸になるライブステージの上で、グループとしてこれからどういうアプローチで魅せていきたいのか。
歌・ダンス・ラップ・煽り・トークとそれぞれ得意なことが違っている中で、それを個人単位でどうウリにして、どうグループに還元していくのか。

ここらへんの文化的成長力、自己プロデュース力は、もしかしたら北海道という限られた場所にいる分、大きいハンデがあるかもしれません。
それはOFFICE CUEの先輩方、特に20代の若きTEAM NACSがそうであったように、進学就職タイミングで上京する地方民も多い中で”あえて東京から遠い地元に残ることを選択した若者たち”が、ずっと逃れることのできない、そんな宿命のハンデでもあります。

だけど。
地方の若者に大きなハンデがあることをすでに知ってしまった大人側の人間の一人として、NORDの動画なりライブなりの表情には、どこか希望の存在も、強く感じられるんです。
故郷を愛し、そこに育まれた人生を肯定し、楽しく、明るく、目の前のことにひとつずつ全力で取り組んでいるローカルボーイズグループ=地方で生きる若者たちの姿。
またそれを見て、同じ地方で目を輝かせて楽しそうに今を生きてる、客席の沢山の若者たちもいる。

”あえて東京から遠い地元に残ることを選択した若者たち”だって、それなりに悩みとか苦しみとかあるけど、遠くたってハンデがあったって、若者として文化的に肯定される瞬間があってもいい。

そしてもしかしたら、その「地方社会の文化的解放」が今叶えられる存在の一つが、こういうアイドルなのかなって。

見慣れた北海道の景色の中に当たり前に生きる、NORDの姿を見ていると、なんかそんなことをふと、感じる瞬間があります。


* * *


ちなみについ昨日開催されたオータムライブで発表になったのですが、NORDはこれから12月に札幌でのX’masワンマンライブ「NORD X’mas LIVE 2018~かじかむ冬にHot☆Standing~」、そして2019年3月には初の東京ワンマンライブも開催が決定しました。


この超大事なタイミングでの新曲MVがまさかのロケ型トンチキであることは今すぐ全世界のドルヲタに知られてほしい。

ヤーレンソーラン(2018.10)


また何かありましたら、こちら北海道よりお伝えします!


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*1:SMAP

*2:モーニング娘。

*3:北海道の人にしか伝わらないと思いますがB☆Luckあたりからはそれなりに記憶があります

「吉澤ひとみさんへの言葉」 #helloproject

news.yahoo.co.jp


吉澤さん。


芸能界に入ったときからずっと応援してきたファンの中の一人として、今回の引退は妥当である、という前提のもとで、以降の文章を書いていきます。


***


2000年春にモーニング娘。4期として私たちの前に登場した女の子。キリっと引き締まったビジュアルが印象的だった半面、歴代のメンバーが時折そうであるように、彼女もまた、なかなか前に出てこないモーニング娘。の新メンバーの一人でした。

年頃の女の子が前に出てこられないというのは人によって理由がまったく異なりますが、彼女の場合は加入当時の立ち位置や表情を振り返るに、上昇志向という名の主体性は、最初からあまり持っていない人だったのではと思います。
ただ同時に彼女は「役割を与えられたときに」とてつもないスター性を発揮する、そんな天賦の才を持っていました。

彼女が初めて金髪になって登場した『ザ☆ピース!』 、そして続けて初のセンターを勝ち取った『Mr.Moonlight ~愛のビッグバンド~』、この2曲の彼女は前年まで普通の中学生だったということが信じられないほど、見違えるように輝き、国民的アイドルとして立派にその役目を果たしていました。

しかしその後、後輩の加入などもあって新メンバーやセンターという役割から外れた彼女は、変わらず仕事をこなしつつも、結果として体形が大きく変わっていくことになります。
164cmの身長に対し、本人曰く”70キロ近く”にまで至った体重の大変動。

もともと細身だった彼女がテレビ越しに明らかに変わっていく姿を見て、リアルタイムで見ていたファンの一部はこの時、彼女が隠し秘めていた内面の脆さに、すでに気づき始めていたはずです。

しかしそんな彼女が輝きを取り戻すことになったのは、やはり役割を与えられた瞬間、2004年に芸能人フットサルチーム・Gatas Brilhantes H.P.(以下ガッタス)のキャプテンに任命されたときでした。



少し前の日韓ワールドカップがまだ記憶に新しいこの時期、ガッタスはまだ今ほど知られていなかった女子サッカーやフットサルの応援企画として立ち上がり、その後ブームとなる第一次・芸能人女子フットサル(2004~2009年頃)のパイオニアとなっていった大きな存在です。

モーニング娘。のメンバーとしてはセンター曲の『Mr.Moonlight ~愛のビッグバンド~』以降、なかなか前に出てこないままの吉澤さんでしたが、フットサルチームのガッタスでキャプテンという自分だけの役割を得ることができたこの2004年頃から、また見違えるように体形が絞られていき、”天才的”と言われたそのビジュアルをあっという間に取り戻していくことになります。

きっと運動の場が与えられたことだけが理由ではない、というのは、大なり小なり当時のガッタスの活動に触れていた人ならおおよそわかる話だと思います。


r.gnavi.co.jp

「女子芸能フットサルチーム」のパイオニアは、本来なら2カ月限定のプロジェクトだった。だが、大敗が彼女たちに火を付ける。

週2回の練習では、お互いのミスを許さないピリピリとした空気が流れていた。
「今のこっちのこと見えてた? 見えてたの?」
「……見えてました」
「見えてたのならいいわ!」
そんな刺々しくも思えるほどの会話の中で、彼女たちはフットサルにのめり込む。

練習でも試合でも負傷する。その傷をごまかしながら、彼女たちはステージで踊っていた。

彼女たちは、キレイな女性たちがかわいく、そしてケガをしない程度にやっていたわけではない。

彼女たちのプレーを見たことがある人は、どれほど必死だったかを知ることができただろう。

試合前の円陣にまでカメラを突っ込まれるほどプレッシャーを受けながら、勝つことで自分たちの価値を証明しようとしていた選手たちは「リアル」だった。汗も涙も怒りも喜びも、みんな本物だった。

彼女たちの技術は飛躍的に進歩したが、一般の大会に参加したときには苦戦することが多かった。0-7、2-9など大敗した試合も少なくはない。それでも彼女たちは厳しい相手との挑戦を続けた。その姿こそ、彼女たちが目標とした「フットサルの普及」に勇気を与えたことだろう。「負けても、勝つまで続けよう」という無言のメッセージを発信し続けたのだ。


そして吉澤さんがフットサルによって輝きを取り戻したこの時期、奇しくもほぼ同時に、モーニング娘。としての活動もまた大きく動くことになります。3代目リーダーになったばかりの矢口真里さんが恋愛スキャンダルによりグループを脱退したため、在籍メンバーの中で年長だった吉澤さんが2005年、急遽モーニング娘。の4代目リーダーに任命されたのです。

『LOVEマシーン』の国民的大ヒットからすでに6年。26枚目のシングル『大阪 恋の歌』が発売された頃、と書いて、当時のモーニング娘。の姿を思い出せる人は一体どれだけいるでしょうか。

でもファンだけは見ていました。
実力も経験も十分だった先輩メンバーがスキャンダルで突然抜け、演出もパート割も振り付けも全て変わってしまった、たった2日後の全国ツアーのコンサート。
まだほとんどが10代で不安定だった若いメンバーを背に、自身もまだ若いのに新リーダーとしてステージに上がった吉澤さんのその姿と言葉は、本当に立派で、ただただかっこよかった。


www20.atwiki.jp

「矢口さんが、自分からモーニング娘。を辞めると決めたことは
誰にも説明できることじゃないかも知れないけど
矢口さんとずっと一緒にやってきたわたしたちメンバーには、
とても理解できると思います
ファンのみなさんの中には納得できないかたもいるとは思いますが、
わたしたちメンバーは、やぐっつぁんらしい、潔い決断だなと思いました
そんな矢口さんの気持ちを汲んであげてください」
一拍あける。会場から拍手。
「(声色がちょっと明るめに)やぐっつぁんが突然いなくなっちゃったけど、
わたしたちモーニング娘。は、応援してくださるみなさんと一緒に
今日のコンサートを、盛り上げたいと思ってます(会場拍手)
もちろん矢口さんもそれを強く望んでると思います(会場拍手)
わたしたち10人で、矢口さんのぶんまで頑張っていきます!(会場歓声)
それでは、モーニング娘。コンサートのスタートです」


www.youtube.com
(同ツアーの最終公演の映像)


モーニング娘。が後に再ブレイクを果たす頃、フィーチャーされたのは著しくスキルアップしてライブ特化型アイドルになっていった2007年からのいわゆる”プラチナ期”でしたが、私自身は今日のモーニング娘。があることに対しての大きな感謝を、吉澤さんがリーダーだったその前の2年間にも向けたい、とずっと思ってここまでやってきました。

人数が増え、オリジナルメンバーはいなくなり、テレビや新聞では落ち目と書かれるばかりの時代、メンバーを鼓舞し、残ったファンを引っ張っていたのは間違いなく吉澤さんでした。だからこそモーニング娘。はあの苦しい時代にもシングル『歩いてる』で3年半ぶりにオリコン1位をとることができたし、『リボンの騎士』の好演でその後に続く本格的アイドルミュージカルの素晴らしい歴史も作ることになりました。


そして私はファンなので、吉澤さんがリーダーとしての仕事を全うし、彼女が”元モーニング娘。”になって以降の姿も、変わることなくずっと見てきました。
卒業後に出会ったロードバイクやダイビングに打ち込んでいるとき。出身地の広報大使に任命されたとき。そして長い不安を乗り越え、愛するわが子にやっと出会うことができたとき。
「役割を与えられたとき」の彼女のスター性、すなわち輝きとは、今思えば主体性の乏しさが隣り合っていることゆえの、「居場所を見つけた」自信や充足感から来ていたのだと思います。

そしてそれが彼女の場合は幸福でもあり、不幸でもあることに、芸能という世界と繋がっていた。



ニュースを見るのは辛いです。
ただただ、悲しいし、ずっとむなしいです。
だけど眩い世界でいつしか流され、一人の人間として見失ってしまっていたものがあるなら、罪と向き合うとともにどれだけ時間をかけても失くしたものを取り戻して、今度は確かに自分の意志で、一歩一歩人生を歩んでいってほしい。
たとえそれがステージではなく、もう私が知ることのない、遠い日々の中にあったとしても。


そしてファンであると同時に、社会の隣人でもある私にできることがあるとしたら、それは吉澤さんが芸能人ではなくなった今日も、過去にあったその感謝までを無かったことにはしないと、こうして自分の小さな意志を書き残すくらいことなのかなと、思いました。


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