小娘のつれづれ

一人で自分の”好き”を追いかけ続け、執筆業になりました。2017年に初の単著がでました(乗田綾子名義)。



2017年9月発売の『SMAPと、とあるファンの物語』(双葉社)については【こちら】

「黄金期とプラチナ期のことはだいたい分かったからその間の時期のことを教えてくれ」

ここ数日ミキティの話ばかりになってしまいましたが、
そういえば先月、彼女のいた頃に関するスレが立ってまして、
これがまた地味に面白かったんですよね。



黄金期とプラチナ期のことはだいたい分かったからその間の時期のことを教えてくれ
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1360574767/


1 名無し募集中。。。 2013/02/11(月) 18:26:07.51 0
9期10期が入ってからの新規だけど
黄金期はテレビで見てたしちょっと知ってた
プラチナ期はネットに動画があるから色々見て勉強した
その間のことがよく分からないから教えてくれ



わたし、というか狼の一部で以前
この時期は「涙が止まらない期」と秘かに呼ばれていたんですが
(※参考 そろそろ黄金厨もプラチナ厨もなかったことにしたい「涙が止まらない期」を振り返る時期が来たかもしれない(Witch Hunting Girlscouts))


あれだけ毎日多くのハロネタが飛び交う狼でも、
この時期の話だけは振り返られることって実はほんとに少ない。


まぁこの時期を支えてたような層は黄金期は当然、
その後(プラチナ期)も中心で支え続けた人が多いわけで
公の場で共有する話題となると、黄金期やプラチナ期のインパクトに比べたら
自然と優先順位を下げちゃうってのはあります。
でも見ていたからこそいえるのは、この時期もヲタ的にはしっかり面白かったわけで。



なんでちょっと個人的にも振り返ろうかなーと思ったんですけど
すべての事象を挙げていくのはかなり大変なので、
まず今回は「この時期の卒業・加入メンバーの思い出」に絞って、ちょっと書き出してみようかと思います。


ちなみに対象期間はいつからいつまでか、という話しなんですが、
私個人としては”マザーシップ安倍の卒業~知名度が高い最後の曲「浪漫」~知名度の高い辻加護卒業”あたりが
黄金期に終止符を打った印象が強いので、

シングル:「涙が止まらない放課後」~「悲しみトワイライト」(2004.11~2007.4)
アルバム:「愛の第6感」「レインボー7」「SEXY 8 BEAT」

の時期を黄金期とプラチナ期の間、「涙が止まらない期」と仮定して、話していきたいと思います。


* * *

<この時期に卒業・加入したメンバーの思い出からこの時期を振り返ってみる>


【飯田圭織】(2005.1.30 卒業)


あ、いきなり飯田さんだ。
そうそう、この時期は、飯田さんの卒業を持って「1期メンバーが全員卒業した」という節目でもあったんだ。

「涙が止まらない期」の主力5・6期にとって、飯田さんは色んな面で影響を与えています。
まぁ双方の若さもあったので、必ずしも楽しい話ばかりというわけにはいかなかったみたいですけど・・・

でも5・6期と、7期以降のメンバーでモーニング娘。に持ち込む空気が少しずつ違ってきているのは
今思うとこの「現役1期メンバーとの活動の有無」が相当かかわってたような気がします。

* * *

【矢口真里】(2005.4.14 脱退)


で、いきなり次が矢口。しかも脱退
ここにこれがくるからこの時期にはあまり良い記憶を持ってない人が多い。

当時何が苦しかったかというと、よりによって最後のオリメン飯田の卒業式で
「圭織の築き上げたモーニング娘。はずっと大切にしていくから」とぶち上げた3ヶ月後にフライデー。
しかも石川梨華が1年前から予定していた卒業式の26日前。
よりによって春の全国ツアー真っ只中(さらに脱退発表から2日後には八王子市民会館でのライブがあった)。
 ※しかも矢口が撮られたのは大阪でのモーニング娘。ライブに出演した直後の事

この時期はちょうど黄金後期からの流れで常にメンバーが10人以上いた事もあり、
グループとしての魅せ方もちょっと飽和状態で
(涙とま、大阪恋の歌など発表楽曲も実際は結構右往左往してた感じがあった)
そこのタイミングでよりによって矢口脱退(による世間の向かい風)がきたので、相当応えたなぁ。

今振り返ってもやはりこの時期、トップレベルの印象強い出来事だったなぁと思います矢口脱退は。
そしてこの時の壮絶さも、後の5・6期のアイドル観に相当影響を及ぼしてると思われる

* * *

【久住小春】(2005.5.1 加入)


そんな中の朗報といえば、新メンバー・久住小春の加入ニュースがあったことで。

しかし考えれば、そもそも7期オーデも、実は2004年9月~の「ラッキー7オーディション」が1度該当者なしで終わっていて
小春が応募したのは2回目の7期オーディションだったんです。(2005年2月~)
もし1回目ですんなり7期が決まっていたら、
そのメンバーは1期生の飯田圭織の卒業式に参加し、石川梨華とも卒業までに数ヶ月活動を共にするはずでした。
しかし実際には久住小春は飯田卒業後に加入、わずか7日間の活動で石川も卒業に。
(結果として2期メンバーの矢口とも入れ違いに)

このオリメンが完全卒業した後での加入、
あと15年の歴史上でもかなり生真面目なタイプだった石川と入れ違いになったことも
後の小春の立ち位置、グループ観に大きく関わった要素だったような気がします。
(小春の成長過程についてはこちらも参照で)

* * *

【石川梨華】(2005.5.7 卒業)


で、次にくるのが梨華ちゃん。
この辺どうも説明がしづらいんですが、順番に書くと

2005.4.14:矢口真里脱退
2005.4,2?:久住小春の合格決定→本人に中学校で合格通知(この時合格発表には、石川も参加)
2005.5.1:久住小春の合格が上記合格通知の映像と共に、ハロモニにて正式発表される
2005.5.7:石川梨華卒業

てな感じです。

改めて時系列整理するとわかると思うんですが、
この子の卒業は結果的に相当わけわかんない状況の中になってしまって
この出来事も、当時のなんだかな感に相当影響していたと思う。

石川梨華は当時、安倍後藤卒業後のモーニング娘。において
特に外部では「エース」と認識されていたんですよね。
(※実際各メディアでよく「エース」と紹介されていた)
確かに安倍卒業あたりからは、フロントメンバーの1人として抜擢される事が多かったし
間違いなく、黄金後期のモーニング娘。を引っ張った立役者だと思います。

なのに、せっかく1年前から予定していた卒業ムードを直前に矢口にぶっ壊されてしまい、
グループの行く末がまったくわからなくなったタイミングでの卒業。
これなー、この時期はまだ吉澤にどれくらいリーダー適正があるのかもわかってなかったし、
こうなるならいしよしの4期政権をもうちょっと見たかった・・・ってヲタも結構いたと思います。

…まぁその辺も、実際”放任主義”の吉澤体制(による結束)が後のプラチナ期を生んだことを考えると
生真面目でどちらかというと”調和主義”の方に近かった梨華ちゃんが残ってたら、
未来は間違いなく変わってたわけで。
めぐり合わせとは不思議なもんだよねぇ。
てな話し。


で、梨華ちゃん以降は4期1人、7期1人、5・6期は4人ずつのフルメンバーという体制が1年続いて

* * *

【紺野あさ美】(2006.7.23 卒業)


こんこんの卒業も、当時までのモーニング娘。としては、結構異例だったイメージです。
まず卒業発表から卒業日までがかなり急だったし(2006.4.28発表→2006.7.23卒業)
そもそもこの時期はミュージカル「リボンの騎士」の製作が進み、こんこんも役が決まっていたのに
それから1ヶ月もしないうちに卒業を発表、舞台は”出演中止”という取扱に。


モーニング娘。として充実した5年間の活動のなかで、
将来「こうなりたい」という自分の姿や、やりたいことが具体的にみえてきて、
その夢を叶えるためには大学で勉強したいと考えるようになりました。


当時の公式コメントの一部


まぁ結果的にその夢とはアナウンサーだったわけですが、
その夢は誰も知らず、もし知ってたとしても当時のモーニング娘。を取り巻く環境で追い風は吹くわけなく、
最終的にはグループ内で最高の写真集売上を支えていたヲタだけが、
血の涙を流しながらピンクの布を振ったのでありました・・・

* * *

【小川麻琴】(2006.8.26 卒業)


で、こんこん以上に当時よくもやっとしてたのが、マコの卒業。

卒業発表はこんこんと同時だったんですが、
「夢を叶えるために大学で勉強したい」とはっきり言った紺野とは対照的に



13歳でモーニング娘。に加入して、気が付けばいま18歳になりました。
本当にあっという間の5年間に、振り返れば数えきれないほどたくさんの思い出ができました。
青春時代をモーニング娘。として過ごせたことをとても幸せに思っています。


子供の頃からずっと夢見ていた大きなステージの上で、
大好きな歌やダンスをみなさんにみていただけたことをとても感謝しています。
夢が現実となったとき、時には辛いと思うこともありましたが、
<いつも明るく元気に>をモットーに頑張ることができたのは、
温かく見守り応援してくださったファンのみなさんのお陰です。みなさんの温かい声援に本当に支えられました。


ハローメンバーのお父さんみたいで、私がもっとも尊敬するアーティストのつんく♂さん、
楽しいことも辛いことも一緒に乗り越えてきたメンバー、そして陰でいつも支えてくれたスタッフのみなさん、
すべてのみなさんに今は感謝の気持ちでいっぱいです。


私は8月にモーニング娘。を卒業後は、海外への語学留学を予定しています。
どんな素晴らしい世界があるのかをこの目で確かめて、
帰国後にはもっと大きく飛躍できるようになれたら、と思っています。


当時の公式コメント


モーニング娘。を辞める意義や意志みたいなものもあまりはっきり伝わらず、
「こんこんはハロプロを卒業するんですけど、私はハロプロに残るんで」を連呼しながら
前代未聞の「ミュージカルの千秋楽で卒業」。
恋愛スキャンダルでの即日脱退となった矢口、藤本を除いて
卒コンやってもらってないのはいまだにマコしかいないです
(まぁこんこんの卒コンとなった05年夏ハロー最終日が、マコにとっても似たようなもんだったけど)。

* * *


少し話しが逸れますが、
この時期のこんこん&マコに通じていえる事は、卒業の中身がどことなく不鮮明だった事。
それまでの卒業生が、全員何らかのわかりやすい卒業理由を提示してたのに対して
こんこんは舞台をドタキャンする形になっての”学業専念”だし、
マコなんかはそもそも人員調整に巻き込まれた感じも否めなかった発表。

ダメージがでかかったのは間違いなく矢口スキャンダルだけど、個人的には、
オリメンはいなくなる、人数は多すぎる、魅せ方は彷徨い気味、テレビで流れるのはスキャンダルばかり、のタイミングで
とくにこんこんの決断がちょっと
「この先のモーニング娘。には未来がない」ってはっきりメンバーに言われたみたいで、当時キツかったんだよなぁ。
(特にこの子はやはり、結果的にもテレビ業界でもっと将来の固いアナウンサー職に転向するための卒業だったわけで)

一言でいうと、黄金期に乗っかった放漫経営のツケが行くとこまで行ったのがこの頃であり、
グループもファンも一番苦しくなった時期だと思う。

・・・ただ8人まで行き着いたことで、それまで水面下で行われていた吉澤リーダーの
「モーニング娘。自身によるグループの再構築」が一気にファンにも伝わりはじめ、
結果として直後のシングル「歩いてる」は3年半ぶりのオリコン1位に輝くことになります。


この話は長くなるんで「北の地より日本武道館に寄せて」も見ていただけたら幸いなんですけど
この一番苦しかった時期に、リボンの騎士という素晴らしいミュージカル作品に出会った事、
そして何より黄金期メンバーで1番最後に残ったのが吉澤ひとみだった、というのが
モーニング娘。がモーニング娘。たる所以というか。


このグループ、もってるんだよなぁ。
世間の大半は見てもいなかったけど、特にそれを確信させたのは、この時期だった。


個人的には矢口脱退~紺野小川卒業あたりまでが、「涙とま期前半」って感じでしょうか。
それ以降~吉澤卒業(&藤本脱退)までは、「涙とま期後半」でもあり、
同時に「プラチナ構築期」でもある。

* * *

【光井愛佳】(2006.12.10 加入)


で、その「プラチナ構築期」に入ってきたのが、光井愛佳。

この子の加入は当時も色んな意見があったけど、
合格理由自体は奇しくも、こないだのヤンタン小春炎上によりはっきり見えてきたのと

エース高橋愛、(本来ならプラチナ期に参加するはずだった)藤本美貴、低音担当の新垣里沙、
そしてこの子の声質により生み出されたのがあの名曲「笑顔YESヌード」だったわけで。

けだるさが似合う声質、加入数ヶ月でコンサートにフル参戦できるもの覚えの良さ、
実はこの子は後のプラチナ期誕生における重要なキーマンだった。
(参照:「ここ最近の久住小春の評判聞いてるとなんで8期に光井愛佳が選ばれたのかわかるような気がしてきただろ?」

* * *

【ジュンジュン&リンリン】(2007.3.15 加入)


そしてJJLLも、実は吉澤リーダー期終盤に加入なんでこの位置。

「モーニング娘。に中国人が入る」って最初言われた時はびっくり、
というかもう事実が想像のはるか上をかっ飛んでた感じでした。
今でいったら「AKBの神7にいきなり素人の中国人が2人入るようなもの」
しかも1人は日本語がほぼ話せない

・・・色んな変動、スキャンダルも乗り越えてきたけど
さすがにメンバーに外国人、というのは正直最初、すごく迷いましたねー。
実際受け止められなかった人たちが、このタイミングで結構離脱してる。

でもグループは目の前の現実を全てまるっと受け入れて、
JJLLも、素直にリンクしていって

その後のプラチナ期があれだけ堂々としたステージングを確立したのって、
グループが確信していた「自信」のモノが違ったんじゃないでしょうかね。
国籍も超えて「モーニング娘。」を作り上げていった事実に、勝てるものはない。


そして彼女たちに一番最初に話しかけたのもまた、この人だったんですが

* * *

【吉澤ひとみ】(2007.5.6 卒業)


そんな黄金期の最後のメンバー、吉澤ひとみがここで卒業と。

先にもだいぶ書いてるけど、特に涙とま期における吉澤ひとみは
間違いなくモーニング娘。の長い歴史の中でも、トップクラスの功績を残したし
後のプラチナ期誕生に大きく関わってるメンバーでもありました。

…プラチナ期の再評価がひとしきり盛り上がった今、さらに再度考察されるべき所は
このプラチナ前夜における吉澤ひとみの働きだったと思うんだけどなぁ。

ただいかんせん吉澤は、パフォーマンス的にはいつもメインの影に隠れる立ち位置だったし
PVだけ見てその働きを後追いしろっていうのは結構難しいとも思います。
そもそも涙とま期が、絶望的に残存ヲタしか見てない時期でもあったし。

吉澤政権期の一番いい時期を、卒業抜きで後追いするとしたら
カレーコンDVDが一番近いのかなぁ。
リーダー吉澤とエース高橋が雄叫びをあげ、中央で新垣藤本がメンバーを率いて踊る
「THE マンパワー!!!」あたりが最高に好きですね。

* * *

【藤本美貴】(2007.6.1 脱退)


で、結果的にこの「涙とま期」に終止符を打ったのは、美貴様でした。

この人はまー本当なら、プラチナ期に参加してるはずだったんですよね。
それが直前で不参加になったことも、モーニング娘。のめぐり合わせってほんと不思議だなと思う。
美貴様がいたら、間違いなくれいなのポジションはまだ違っていただろうし。

まぁこの頃までくるとすでに、特に愛ガキは新たな夢を抱くに充分な成熟具合を見せていたのもあり
そんなに内部での痛手にはならなかったかなぁ。

で、JJLLが加わった「女に幸あれ」が発表され、
プラチナ期が始まる、と。

* * *


やっぱこれだけでもすごく長くなってしまった…

ここに書いているのはあくまでも1ヲタの思い出の範疇で、もちろんこれが全てではないし
これをあくまでもとっかかりに、自分で色んな曲や映像を掘り出してほしいですね。
この時期も、充分にモーニング娘。は輝いていました。


この話、もうちょっと続けたい。


※この記事に関して別の視点から
「ガッタスの熱を割と近くで感じていたヲタの視点」(適当日記)
「黄金期とプラチナ期のあいだ・狼住人編」






関連記事
「ハロカスが語る、矢口真里が坊主にしなかった理由」
「久住小春にとってモーニング娘。は踏み台だったのか」
「むしろ6期メンバーについてそろそろ語ってみたい」