小娘のつれづれ

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アイドルの「出発点」

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アイドルの「出発点」

19世紀後半から20世紀初頭にかけて、近代化が著しく進む社会は、国民教育の仕組みの中に「若者」を創出した。
そして若者の創出は同時に「若者ゆえの不条理」も創出する。
それは半ば一方通行の社会的区分と社会情勢の摩擦から生じてしまう、誰もが逃れられない不条理であった。

フランスの作家、アルベール・カミュは随筆『シーシュポスの神話』で、不条理をこう定義している。

「不条理という言葉のあてはまるのは、この世界が理性では割り切れず、しかも人間の奥底には明晰を求める死物狂いの願望が激しく鳴りひびいていて、この両者がともに相対峙したままである状態についてなのだ」
(カミュ(清水徹訳)『シーシュポスの神話』新潮社、1969年)

「理性では割り切れない世界」と「明晰を求める死物狂いの願望」。
人がこの対峙に耐えきれなくなった瞬間の「叫び」はそれまでも、家族や友人などの近しい人々、もしくは神などに向けて、きっと発されていたはずである。
しかし近代の若者には、さらに違う行き先が用意されていた。
それは近代化の中で誕生した新しい技術、レコード・ラジオ・マイクによって距離がぐっと近づいた、芸術や娯楽の聖域である。

そして若者の抱え込む不条理がもっとも極まった第二次世界大戦時には、その聖域の向こうからも、不条理の叫びに呼応する若者が出現し始める。
そのいきさつや意図に違いはあっても、舞台上の作品世界に生きる若い表現者たちの選択自体は等しく、時に自らステージを降りてファンに歩み寄り、個々の叫びにできるだけ寄り添おうとした。
そしてそこで生まれた最初の熱狂、若者たちの興奮、畏怖、神聖さすら帯びた願いの様を、最初の目撃者となった1940年代の人々は「idol=偶像の崇拝」に例えたのである。

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