小娘のつれづれ

一人で自分の”好き”を追いかけ続け、執筆業になりました。2017年に初の単著がでました(乗田綾子名義)。



2017年9月発売の『SMAPと、とあるファンの物語』(双葉社)については【こちら】

「アキちゃんとユイちゃんのアイドル観考察(あまちゃん)」

あまちゃんにやたら「モー娘。」の単語がでてくるので、
そういや潮騒のメモリーズは、どういう感じでアイドルを見ながら育ったのだろうと考えを巡らせてみました。

最初に、私は放送を全部見れてるわけではないので
あくまでもざっくりのほぼ妄想で構成されてるという事で、ご了承ください。


* * *


☆2人は2008年夏で高2=1991~1992年生まれ



<幼稚園>(~1997)


この頃はSPEED全盛期だが、アキは春子(母)がまだ夢破れてまもなく、
また今よりさらに血気盛んな年齢でもあるので(アラサー)
チャラチャラした歌番組はほとんど見る機会がなかったと思われる。

ユイは母親が八木亜希子なため(元アナの設定)、TV視聴には抵抗がない環境だったと思われるが
現在のパフォーマンスを見る限り、ダンス特化型アイドルへの憧れは持たずに育ったっぽいので
SPEEDは特に通ってなさそう。



<小学校>(1998~2003)


この頃は思いっきりモー娘。黄金期。
91~95年生まれくらいの女の子は特に、子供の頃好きだったアイドルを聞かれると
ほぼ100%『モーニング娘。』の名を挙げる傾向があり
アキやユイも同じように、最初にアイドルを覚えたのはモーニング娘。でほぼ間違いない。

ただどちらも、ライブにいったりカードを集めたりというほどの思い出は出てこないので
モー娘。に対しては友達と歌うとか、学校で話題にする程度の
穏やかな好意・憧れに留まっていたと思われる。


ただここで、アキに関しては↑程度でほんとに留まっていたと思われますが
ユイは後に地元でも名の知られるほどの美少女になる、
つまり小学生くらいからもう「自分は可愛い」事もなんとなく自覚していたはず。

という環境を考えると、ユイはアキと少し違い、
自分とそんなに変わらない年代で活躍するモーニング娘。を見て
「可愛いって仕事にできるんだ」的な意識を日々むくむくと育てていたと考えられる。
(後につづく)



<中学校>(2004~2006)


アキユイ世代が一番憧れたであろう辻加護も、2004年夏にモー娘。を卒業しており
モー娘。ブーム鎮静化や、岩手にくるまでの雰囲気を見るに
アキは中学入学くらいのタイミングで多分一旦アイドルから離れている。

しかしユイは、小学生の時に黄金期モー娘。の活躍を見て
「可愛いは仕事にできる」事を知り、アイドルという存在がなんとなく気になり続けており
中学生になっても、そのまま女性アイドルの活動を結構チェックしていたはず。

…色々ごちゃごちゃと浮かんできたので、ちょっとこっから仮説で書きます。


 (仮説)


 ブームが終息しつつあっても、可愛いを武器にできる”アイドル”は気になり続ける存在であり、
 ユイはなんとなく、各種歌番組をチェックし続けていた。
 また、この頃は思春期にも突入しており
 ユイは田舎でずっと「だっさいポロシャツ着て残念なエプロンつけてシチュー作って」いる
 母親の姿に嫌悪感も抱き始めていた。


 そんな中、2004年9月、ユイはNHK「ポップジャム」を見る。
 その回は「ローカルアイドル特集」
 出演していたのは自分と同じく地方に住むアイドルたちであった。


 『ユイには衝撃でした。
  自分と同じように地方に住んでいる女の子が、東京のテレビにでているのです。
  ”地方から、アイドルをやって東京に行く。”
  それを初めて意識した、ユイ13歳の夏でした。』(夏ばっぱの声で)



<高校入学~アキが岩手にくるまで>(2007春~2008夏)


アキちゃんはアイドルどころか引きこもり気味の東京のJK。

ポップジャム以降のユイは、真剣にアイドルという将来を考えるようになり
色んな情報をチェックしていたはず。
もちろんロコドルだけではなく、各種のメジャーオーディション情報もチェックしていたと思われますが
地元を出る選択まではなかなか難しかったのか、とりあえず地元の高校へ進学。

ただ色々チェックしているだけに、彼女自身は
低年齢であるほど有利なアイドルの特性にも、すっかり気づいていたはず。
ましてや現時点で事務所や芸能スクールに所属しているわけでもない、
そんな大人に近づいている地方在住の自分が、一発逆転で東京アイドルの道を掴むとしたら…



※ちょっと補足


この頃の実際のアイドル界を振り返ると
モー娘。は藤本フライデーの年→その後プラチナメンに移行したもののいまだ世間的には沈黙中、
AKBは桜の花びらたち2008でモメてレコード会社から一旦契約を切られていたりと
ローカルどころかメジャーアイドルも一番厳しかった頃。


だからあまちゃん見てて、芸能関係に所属してるならともかく
なんで岩手の普通の女子高生が、2008年の時点ですでに
ご当地アイドルの存在を猛プッシュしてたのかなぁとずっと疑問に思っていたんですが、
多分ユイちゃんはあのポップジャムを見ていて、強く感化されるという出来事があり
その上で自分の可愛さとアイドルという道、そして東京の憧れを日々募らせながら高校生になった末に
「もうご当地アイドルしかない!!」

となったと妄想すれば、2008年設定のあの切り抜きだらけの部屋が納得がいきます。



<アキが岩手にくる~海女ソニックまで>(2008夏~2009夏)


アキは岩手にきて以降、色々あってアイドルに関する話をする事が増えてきた。
その時に、アキが必ず最初に出すのが『モーニング娘。』


これはアキのアイドルの原風景がモーニング娘。であり、それ以降特に意識したアイドルもいない為
アイドルの話を巡らせた時にまず思いつくのが、
大抵子供の頃に通った『モー娘。』なんだと思われる。


ただ春子が過去を話す回(5/14放送)で、人数が多いアイドルグループを聞かれて
モーニング娘。の後に「AKB」と答えている。


この回の設定、2008年でまだ海に入れる時期。
実際の久慈市の海女さんが実演をやってるのが7~9月らしいんですが
2008年の9月だとしても、AKBの知名度が上がりはじめた「大声ダイヤモンド」がまだでてないんだよね。(発売は10月)

一般層への浸透はまだ少し距離がある時期なので、それでも若いアキはともかく
なんであの調子だった春子まで、認識を共有できているのだろう…


と思ったんですけど、考えたらAKBは前年・2007年にアキバ枠で紅白初出場してたんだね。
多分2007年の大晦日、アキと春子は東京でNHK見てたんだな。
んで(春子はビール飲みながら)AKB見ながら人数多いねーとか話していたんだろう。
と考えると納得。


海女~ソニックは2009年夏なんで、大声ダイヤモンド発売後、
さらに初の総選挙実施~言い訳Maybe発売まではきてるんですけど
老若男女が集まる岩手のあの場ではまだAKBは厳しい、
というわけで新人海女さんの出し物は『モー娘。メドレー』になるわけで。


* * *


とりあえずこんな感じで、想像がいきつきました。
ほんと全部見れてるわけじゃないので、
参考になりそうなブログなどありましたら教えてくださいー。
じぇじぇ。


* * * * * *


<アップ後に追記>


「そういやperfumeは?」という話があった。



2人が出会う1年前、2007年の秋にはperfumeがポリリズムでブレイクしているんですが
1年後、2008年の時点で嵐のCD発売日をしっかりチェックしている、ややミーハーな所もあるユイちゃんが
ブレイク後のperfumeを知らない事は絶対にないはず。
しかもperfumeは元は広島のローカルアイドルで、
ましてやユイちゃんは80年代アイドルにまで明るいアイドル勉強家!
…なのにご当地アイドルを猛プッシュしているユイちゃんから、perfumeという単語はまだ出てきていない。


これは多分、彼女がSPEED以降の世代のため
アイドル観にまだ「パフォーマンス特化型」というカテゴリがなかった。
さらに徹底して名前がでてこない所を考えると、
彼女がperfumeを知ったのはポリリズム以降であり
ブレイク後のパフォーマンスを見て、ユイちゃんの中ではperfumeはアーティスト、
少なくとも自身がアイドルでやるとして、お手本にするには難しすぎるので
彼女の中のアイドルという枠からは外れている …とかかな?


↑しかしこの辺は、NHKも関わったリサイクルCMも背中を押してのブレイク、
さらに今もMJのレギュラー&紅白常連のperfumeを
クドカンが絡めないもんなのかなぁ?とちょっと思う。
もしかしたらあの環境で不自然なほどperfumeの単語が出てこないのは
クドカンの中でもperfumeはアイドルと考えていないのか、
もしくはあまちゃんの世界ではperfumeはいないのかもしれない(鈴鹿ひろ美パターン)



関連記事
「都会と地方のあまちゃん」
「黄金期とプラチナ期のことはだいたい分かったからその間の時期のことを教えてくれ」
「80年代生まれが考える”アイドル冬の時代”とは何だったのか」