小娘のつれづれ

一人で自分の”好き”を追いかけ続け、執筆業になりました。2017年に初の単著がでました(乗田綾子名義)。



2017年9月発売の『SMAPと、とあるファンの物語』(双葉社)については【こちら】

「前田敦子はAKBの夢を見るか」

あー、やっぱりか。という感想。

最近、「震災と少女たち」「秋元康の名言に見る「夢」の怖さ」を書きながら、
ぼんやり生まれていた考えがあって、
でも私本当のAKBヲタじゃないから、
アイドル自身のやり方に口出すのはどうかなぁと思って
出すのやめてた文章があります。

でもやっぱ、考えはそんなにそれてなかったみたいだったので、
それを今、出してみようと思う。


* * *


そのぼんやりした考えの発端は最近、
久しぶりにAKBの「Baby!Baby!Baby!」のPVを見たところからです。

その時感じたものをtumblrで書き残しているんですが、引用すると



AKBというアイドルに関していえば、ファミリー路線だったハロプロに比べて、
こういうさりげなく明るい股間狙い撃ちがすごくうまかったと思う。(※褒め言葉ね)
もちろん、スカひらとか制服が邪魔をするとかは、逆方面のだめな売り方なんだけど、
この「Baby!Baby!Baby!」のAKBは、健康的に童貞の股間を狙撃していった良作。



ああ、そうだったなぁ。
AKBの魅力の本質は「さりげなく股間を狙撃するエロさ」にあった。
それまで清潔、純粋を保ち続けた女性アイドルという市場に
さりげない「背徳感」を混ぜる事で、
純粋な青少年を一気に熱狂へと持っていったのがAKB48だった。

また考えてみると、エロさに真髄を見出すことは
アイドルとしての寿命を延ばすことにも繋がっていたなぁと。
清潔・純粋を保っていたモーニング娘。が4年目くらいから下降し始めたのに比べると、
AKBは売上が爆増しはじめた大声〜から数えて4年目の今でも、衰えが見えません。

これは、「清潔・純粋」な女性のイメージピークが
長く見ても18歳で止まり始めてしまうのに対して、
「エロかわいい」女性のイメージピークは22〜23歳までは普通に保てる所にあったと思っています。
ブレイク前夜から4年たっても、総選挙TOP10メンバーはまだほとんど20〜23歳。
そう考えると、「国民的アイドルAKB」としてのピークはまだ落ちていないと見るのが正しいんです。

しかし、背徳感という刹那への狙い撃ちは、同時に非常にリスキー。
根本が、道徳に背く高揚感で支えられているため、土台は非常に不安定です。
年齢という、性にとっての時限爆弾が動き続けている若い女性にはなおさら。

また、最近のAKBはそれ以上に環境が変わってきています。
東日本大震災以後、彼女たちは被災地支援のシンボルになった。
世間が彼女たちに求めているもの、
それは彼女たちが「少女であり続ける」こと。

元々、秋元康がAKBに「少女たち」というキャッチコピーをつけてきたように、
AKBの本質は少女である事であり、実際にその姿が子供たちを中心に夢を与えました。
そしてそれに応じるかのように、
彼女たちは少女の象徴である、制服を着てずっと歌い踊り続けてきました。
高校を卒業しても。20歳を過ぎても。

少女という光と、背徳感の影。
それは、ある意味アイドルにおける、パンドラの箱であったわけです。

それをAKB48は、開けてしまった。


* * *


それを考えると、以前読ませていただいたブログの一文をまた思い出すのですが、
彼女たちが「磐石の人気に安堵していない」表情を見せるのは、
そこなんだろうなと思っていました。
自分達が、いかに不安定なか細い道を歩いているか、
彼女たちはずっと前から気づいている。
だからある子はモデルに、ある子はドラマに、ある子はバラエティにと道を模索する。
またなかなか前に出てこれない子たちは、
google+をきっかけに、同じく自分の道を切り開こうと模索しだしている。

でもその時、なんか不安になったんです。

前田敦子は、戻ってこれるんだろうか。


彼女は一番、AKBが生み出した
「少女と背徳感のひずみ」に引きずり込まれてしまうんじゃないか。


前世代でたった一人、
彼女と同じ国民的アイドルのエースという立場で戦い続けた安倍なつみが、
ドリームモーニング娘。の結成に関して、
雑誌のインタビューでこんな事を言っていました。


「私たちは歌なんです。
 歌でスタートして、歌があったから出会えたメンバーなんです。
 だから、イベントとかテレビの企画とかじゃなくて、
 きちんとツアーをしてステージで歌ってダンスしなくちゃダメなんです。」

 (TopYell 4月号 安倍なつみインタビューより)



モーニング娘。には、歌という芯があった。
だから安倍なつみは8年後に歌手として武道館へ立っていた。

でも「それぞれが夢を叶えるためのステップ」であるAKB48には、何が残っているんだろうか。

その中でも誰よりも少女らしく、誰よりも背徳感の象徴であろうとした前田敦子には、
8年後何が残っているんだろうか。

前田敦子は、誰よりも自らの夢を、
少女と背徳感のひずみにずっと沈めていた人なのではないか。


* * *


ここまで書いて、UPするのやめようと思いました。
なんか、前田敦子という人の背負ってるものが
あまりにも重くて、悲しいんです、どこまでも。
内部ファンじゃない私が正直推測だけで好き勝手書いてはいけない。
そう思いました。

でも、今日、外部の私にも、
それはやっぱり推測だけではなかったんだなとわかった。


前田敦子がAKB48卒業発表「旅立たなければならない」


この言葉には、色んな意味があると思います。

「後輩のため」
「グループのため」
「ファンのため」

でも何より、一番大切にされなきゃいけない意味がある。


「前田敦子のため」


前田敦子の人生を、前田敦子に返してあげられるのは、
もうこのタイミングしかない。



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