小娘のつれづれ

一人で自分の”好き”を追いかけています。著書『SMAPと、とあるファンの物語 -あの頃の未来に私たちは立ってはいないけど-』(双葉社)発売中

35歳、頑張れないと自分だけに告げる日/日常系プロ野球

f:id:drifter_2181:20190322000457j:plain:w650


 35歳になってもうすぐ半年ほど経つのだが、なんだか最近辛いな、と感じるようになっていた。
 体力なのか、気力なのか、いろいろ探ってみるものの、そんな表面的なことではどうやらなく、辛さはもっと奥深くの方にあって、なかなか手が届かない。
 
 とうとう思いあまって、横浜に帰ってみる。
 故郷と言い切るにはもう少し時間が必要だったとしても、横浜は自分にとって子供時代のほとんどを過ごした、人生のスタートの街であることは間違いない。
 しかしその横浜で、今までならばこの地に触れることで意義や目標を見定めて、もしそれが見つからずとも明日に繋がる少しのエネルギーくらいは蓄えて、歩き出すことができたのに、いざこの街で今の私が思い出せたのは若かった親と、小さな自分の記憶ばかりだった。
 「若かった」そんな風に親を思い出すのは、自分がそれだけ大人になったからなのだろうなと感じる。
 1日1日、昨日は遠くなっていく。
 
 それでも、納得いく答えを探したくて、街を歩き回り、そして苦しみながら放浪の末にやっとひとつ絞り出せたもの。
 
 それはどうやらもう、私は「頑張れない時期に来てるんじゃないか」、ということだった。
 
 その言葉が浮かんだ瞬間、合点がいってしまったのだ。
 今までのように未来を想像できなくなってきていることの苦しさ。
 過去をバネにできなくなっていることをどこか認められずにいた気持ち。
 それでも「頑張ること」がセオリーであったはずの、自分という矛盾。
 
 ただがむしゃらに頑張ると口に出して、見通しの良い明日を想像し続けることで可能性を切り開いていく、それがもし若さであったとしたらなら、私は頑張って、いろんなものを吸収し、経験を溜め、そうやって自分なりに歩き続けることで、いつのまにか頑張ることのゴールテープが切れていたのだと思う。
 そしてそれはむしろ仕事で、家庭で、日々の暮らしで周りを見ていて、きっと誰にも、人知れず訪れているものなのだろうと、この年齢までやってきてやっとわかってくる。
 
 35歳。
 ひとりそんなことを考えていた夜、マリナーズのイチローが現役引退を発表した。
 普通の私と歴史に残るアスリート、そのシンプルな違いは、イチローは私よりもさらに10年もの長い間、自らを鼓舞し、頑張れる限界を明日へ伸ばし続けてきたこと、その簡単なようで、凄絶な偉大さであったような気がする。
 
 それでも、あのイチローでさえ、もう自分は頑張れないと、自分に告げる日がやってくるのだ。
 

「人よりも頑張ってきたなどとは言えないけれど、自分なりに頑張ってきたとははっきりと言える。これを重ねてきて、重ねることでしか、後悔を生まない、ということはできないんじゃないかと思います」

2019.3.21 引退記者会見/イチロー *1


 そう思うと私はこの辛さを、もうそろそろ降ろしてもいいんじゃないかと、「若かった」はずの自分に言ってみたくなった。
 でないと、35歳の私の明日はいつまで経っても、今日の繰り返しのままであり続けてしまうのである。