小娘のつれづれ

一人で自分の”好き”を追いかけています。

根無し草/日常系プロ野球

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 生まれてこの方、どうもどこかに根を張って生きるという選択ができない。思えば5歳で生まれた北海道を離れて上野行きの北斗星に乗った瞬間から、運命が決していたのだと思う。引っ越し、再開発による立ち退き、そしてまた引っ越し。しまいには自分で進路を決められる年齢になっても引っ越し、自主退職、転職と繰り返した挙句、30代からはフリーのライターとして生きている。故郷もなければ会社もない。たまに名刺を差し出すとき、はたして自分は一体何者なのかなぁと思う。根無し草。これまでの人生35年を振り返ると、そんな言葉が結局しっくりくる。

 その社会の漂流物のような人間からして、スポーツ観戦というのは、数少ない人生の栞のようなものでもある。風呂無し市営団地の1Fに住んでいた4歳の私が、当時大好きだった団地の前の滑り台はもうとっくに無くなったが、4歳のときにテレビ越しに見たクロマティのホームランは、同席していた叔母たちの大きなバンザイ復唱の声が私がそこにいたことをいまだ鮮明に思い出させてくれる。
 うちは何より父親が熱狂的な巨人ファンだったから、子供の頃から野球絡みの記憶は語り出すと尽きない。
 2番目に移り住んだ団地は横浜スタジアムの近くで、引っ越してすぐにご近所さんが「スタジアムはあまり人が入らないから当日行ってもすぐに入れるよ」と教えてくれたこと。そのおかげで玄関の小さな物置には巨人のどでかいメガホンがどんどん増殖していったこと。
 小学生の私が初めて手を振り返してもらったプロ野球選手はまだ入団してまもない巨人の元木大介だったこと。巨人が優勝するたびに、膨大な量のスポーツ新聞コレクションが我が家に増えていったこと。
 1994年の日本シリーズで巨人が日本一を決めた直後、興奮のおさまらない父親にそのまま「コンビニにあるスポーツ新聞全部買ってこい!!」と勢いでおつかいに出されてしまい、もうすでに父親が買ってあるものしかないのにと、ちゃっかり欲しかった『りぼん』だけ買って帰ったこともいまだ昨日のことのように思い出す。
 ――もうそのコンビニも、だいぶ前に無くなってしまったけれど。

 ただ、そんな熱狂的巨人ファンのDNAを遺伝子を受け継ぎながらも、2019年現在私が応援しているのは巨人ではなく、同じセリーグの横浜DeNAベイスターズである。これもまた、ある意味では上野行きの北斗星に乗った瞬間から運命が決していた。
 1998年11月3日、横浜に住む中学3年生だった私は桜木町駅からパシフィコ横浜の方面に向かっていた。みなとみらいの静かな朝、一人歩くその少し先の道路にふと大きなバスが何台も通り過ぎるのが見える。それはまさにこれから優勝パレードへと向かう、横浜ベイスターズの選手たちを載せたバスだった。よく晴れた空の下で、その綺麗なホームユニフォームはいつにもまして美しく光っていた。
 ほどなくして家庭の都合で再び北海道に戻ることになった私は、きっとまたすぐにベイスターズは優勝して、今度は私の知らない横浜の街で新たな記憶を作るのだろうと根無し草ゆえの寂しさを感じていた。
 しかしベイスターズはそんな私の感傷的な想像とは裏腹に、どんどん優勝から遠ざかっていく。
 それどころか横浜の地には忘れたい記憶ばかりが積み重ねられ、それはあの優勝パレードの眩しさをさらに飾り立てて、いつしかファンの間では「98年」が会話の第一声キーワードになってしまった。
 しかし、だからこそ私は、ベイスターズの勝ち負けからだんだんと目が離せなくなっていったのだと思う。
 実家もない、親類縁者ももう誰一人いないけれど、若かった家族の記憶とともに、たくさんの思い出を刻んだ横浜。
 ここまで来たら、1998年のあの日で止められたままのページが、もう一度めくられる瞬間を目撃したい。
 それが叶う瞬間はきっと少し寂しくもなる、しかし代わりに忘れられぬ無二の記憶となって、この時代に生きた私だけの喜びや感動を、野球が必ず残してくれるはずなのだ。
 
 ……と思って今年も意気揚々とオープン戦を観に行っているのだが、現在住んでいる北海道で3月頭に行われた北海道日本ハムファイターズ2連戦は勝ちがつかないどころか、2日間でベイスターズのヒット計6本という有り様だった。
 そして今日もまた、スポナビ速報の通知に一喜一憂する。
 ベイスターズは初回からいきなり4失点。うーん。もうちょい踏ん張ってくれとつぶやいて作業に戻ったら、次にトイレに立った時点で試合は3回7失点。見なきゃよかった。
 しかしファン心理とは正直なもので、気づけばパソコンを開き、横浜スタジアムでのオープン戦チケットを急遽2枚買い足している。
 朝5時に自宅を出れば、試合開始する頃にはきっと関内には着くだろう。駅に着いたら崎陽軒でシウマイ弁当を買って、今度こそ買えずじまいの伊藤光のユニフォームも買って……

“春はあけぼの。やうやう青くなりゆくハマスタ、少し明かりて、黄色だちたる星の熱くたなびきたる”

 Youtubeを再生してはまだ見ぬハマスタのウイング席を想像し、新応援歌の練習をひとり重ねている。
 こうして今年もまた、野球を観てばかりの1年は始まっていくのだ。
 どこにいても、である。