小娘のつれづれ

一人で自分の”好き”を追いかけています。

「SMAPと嵐:平成アイドルが描いた“旧来的な社会感覚”への抵抗」

国民的アイドルグループ・嵐が2020年末に活動を休止するというニュースは、衝撃こそ大きかったが、本人たちがすぐに記者会見を開いて経緯を説明したということもあり、概ね前向きに受け入れられた。
しかしその中でほぼ唯一“炎上”していたのが、先の記者会見で飛び出た、一人の記者の言葉である。

「(活動休止の決断は)無責任じゃないかという指摘もあると思うんです」

この「無責任」という言葉に対し、「自由な生活がしてみたい」と直前に活動休止の理由を明かしていた大野智の心情を慮ってか、櫻井翔は明らかに怒りを隠しながら返答。
そしてそのやりとりがテレビで流れ始めると、ネットでもすぐに「あの質問は何だ」「それはさすがに違う」と、怒りに同調する投稿が相次いでいったのだった。

電撃発表と記者会見から数日立った今、あれは一種の“必要悪”な質問だったのではないか、という意見もある。
ひとつは、活動休止の言葉から連想されるネガティブイメージの代弁という見方。
それを最初に、しかも本人たちに投げかけることで、結果としてはメンバーの強い否定が引き出されたため、そこに意味があったと考える人もいる。
また彼らが30代の成熟した社会人であるということを踏まえ、活動休止発表を文字通りの無責任と受け取った人も、決していなかったわけではない。
それは今まで彼らの活動を支えるために数えきれないほどの人が働き、それに連動して経済も大きく回っていたという事実に基づいてのものだ。

しかし、それでも今回の「無責任」に対する反発の規模は、記者の発言時の想像よりもはるかに大きかったのではないかと思う。
その源にあったのは「無責任」を包む旧来的な社会感覚と平成アイドルが体現してきた現代の価値観の、決定的なズレだった。


振り返れば確かに、光GENJIまでのアイドルは、多くの国民にとって一過性の華やかな消費物であった。
トイレにいかない、セックスもしない、永遠に若くて未熟で無知なままの偶像。
言い換えればそれは昭和ベースの社会感覚が求める「あり方」、その究極の理想像でもあった。

しかしその直後に続いたSMAPはというと、光GENJIという昭和的プロフェッショナルチームの影に長年苦しんだ末に、前時代の理想像を、同じアイドルの立場から打ち破ることを選んだ。
「アイドルのくせに」「未熟なくせに」「無知なくせに」。
SMAPは旧来的な社会感覚の深淵から生じるそんな隠れた蔑みとも闘いながら、それでも枠に囚われない活動を続けることで、光GENJIとはまた違う支持を生み出していく。
そうした苦労の末、SMAPがアイドルグループとして提示した答えとはオンリーワン、すなわち「自分たちは芸能人・アイドルである以前に人間である」という、ごく当たり前で、それでも前時代では決して聞き入れられなかった価値観だった。
そして生身の人間として、ありのままを尊重して生きていこうとするアイドルのメッセージとゆっくり連動するように、平成後期にはいつしかさまざまな分野で、一方的に他者から押し付けられた「あり方」の壁を打ち破ろうとする人々の声も、確実に増えていく。

しかしある意味、時代の流れを先取りし、自ら体現していたはずのSMAPも、結局は2015~2016年にかけて大きな壁にぶつかる。
自分たちの近しいスタッフに対するあからさまなパワハラ、グループの信頼関係やブランドイメージが瓦解するような”公開処刑”。
「アイドルのくせに」「未熟なくせに」「無知なくせに」。
これらのいわゆる分裂騒動で、事務所内部の権力者がSMAPにぶつけたのはまさに旧来的な社会感覚以外の何物でもなかった。
そして逡巡の末、SMAPはグループの解散を発表する。

2016年12月26日。
最後のテレビ出演となった冠番組『SMAP×SMAP』で、彼らは悪意を含んだ憶測や中傷に何も反論することのないまま、無言で数分に渡って頭を下げ続けることで、“社会的責任”をとってカメラの前から去っていった。
あの日のSMAPを、アイドルを、旧来的な社会感覚のままで一過性の華やかな消費物として見続けていた人は、その姿に納得して溜飲を下げたのかもしれない。
しかしあの日を生きた者の一人として証言できるのは、当日のSNSに漂っていたのはむしろ圧倒的に、現代のひとつの象徴がついに旧来的な社会感覚に押し潰された瞬間、その無数の目撃者たちのやりきれなさであった。
そして「一度何事にも縛られず、自由な生活がしてみたい」と打ち明けたアイドルに旧来的な「無責任」の言葉がコツンと当たったのは、あのやりきれなさから、まだわずか2年後の話だったのである。


嵐の記者会見の翌日。
“未熟で無知”なはずのアイドルは突然投げかけられた「無責任」に対し、やはり自分の言葉で区切りをつけていた。
やりきれなくても、無責任と言われても、こうしてまた時代は少しずつ、未来の方へと進んでいく。

「自分の中での温度が少し上がったというのはあるかもしれないです。ただ、あのご質問をいただいたおかげで、結果としてきちんと我々の思いの丈が温度を乗せて伝えることができた」
「先ほどの質問も含めて、ほかにもいろんな角度からの質問をしていただけて、お伝えすることができて、それは本当によかったです」
(櫻井翔/「news zero」日本テレビ系/2019年1月28日放送分)

やはり昭和から平成へ、そのアップデートの道筋を描いた立役者の中には、間違いなく国民的アイドルがいた。
それは隠れた蔑みと闘いながら「人間としての自分」を長年専門領域としてきたSMAPであったし、嵐だったのである。


(2023.12 タイトル変更&加筆修正しました)


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