小娘のつれづれ

一人で自分の”好き”を追いかけています。

「消えゆく故郷に、アイデンティティを書き足して」

昔住んでいた頃の地元の風景を、Youtubeで見つけました。

私は幼稚園に入るあたりから、ずっと神奈川県横浜市の桜木町駅近くに住んでいました。
今その場所は、みなとみらいと呼ばれています。
ご存知の通り、みなとみらいは1983年11月に着工した横浜市の一大プロジェクトで、今も開発が進む再開発地区です。
その流れの中に偶然紛れ込んだ子供時代の私が、人生の最初の記憶として見ていた風景は、今もうほとんど現実に存在していません。
地形レベルで全てが変わっていく郷愁のやり場は、もう映像などを探すしかないのが現状です。


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私は小さい頃から、将来のビジョンもありませんでした。
なぜならノストラダムスの予言をなぜかまるっきり信じていて、1999年、高校1年生からその先の私の人生はないものと考えていたからです。
だけど現実には、恐怖の大王なるものはついにやってきませんでした。
ただ実際に高校1年生となった私には、確かにまったく想像と違う未来がやってきていました。

実家ごと横浜を離れ、私の帰る場所は、両親の生まれ育った全く別の地方になりました。
家族も親戚もクラスメートも当たり前に共有している素性の記憶が、私一人だけ、ここにありませんでした。
ないけど、ここが私の故郷になりました。

自分が何を見て何を感じどう育ってきたのか、誰も知らない未来の中で、やがて私は大人になりました。

素直に書くと、自分の育った街にもう帰れないという事実を、今だどこかで諦めきれていません。
一番は、きっと続きが書きたいんだと思います。
高校1年で止まってしまったアイデンティティの続きを、例え途切れ途切れでもちゃんとこの手で書き足さないと、自分が何者であったのか、結局いつかどこにも残らなくなるような気がするんです。

楽しかったこととか、嬉しかったこととか、自分が色んな事を感じ考えながら存在している意味を、たった一人で他者の映像の中から探し続ける現実を今でもずっと変えたいです。
例え何年かかっても、今ならまだ間に合う。
そう思わなきゃ、私の未来はいつか本当に消えてしまう。


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