小娘のつれづれ

一人で自分の”好き”を追いかけています。

「北の地より日本武道館に寄せて」

私がこの14年、モーニング娘。を応援していて一番辛かったのは、2004年から2005年にかけての時期だった。

あの頃は、本当に辛かった。
安倍が抜け、辻加護が抜け、ハローがどんどん世間の注目から外れていった時期。
CDの売上げもどんどん減り、逆に叩かれる事はどんどん増え。
事務所自体も方向を見失い、「涙の止まらない放課後」というシングルを出した。
この曲、こんこんとヲタにはもちろん意味のあった楽曲だけど、グループの視点でいえば、「歌も踊りもフォーメーションも放棄したモーニング娘。」であった。
モーニング娘。の良さを、誰もが見失っていた。

その後も流れは止まらず、最後のオリメン飯田、グループの核だった石川の卒業、そしてとどめにリーダー矢口のまさかのスキャンダル脱退。

最悪だった。
しかもそんな時に出たシングルがコッテコテの「大阪恋の歌」。
後に再評価されたこの曲だけど、タイミングとしては最悪だった。
今でも私は、上の2曲は自分からほぼ聴かない。
この時期は、それくらい辛かった。
もちろんメンバー自身はとても頑張っていたから、応援し続けたけど、でもメンバー自身も、若さゆえ、グループとして散漫になりかけていた。

後にも先にも一回だけ、「もしモーニング娘。の歴史が止まるとしたら、ここなんじゃないか」って本気で思っていた。

それを脱するきっかけとなったのは、紛れもなく吉澤ひとみの存在だったと思う。
突然の矢口脱退で、半ば暫定的に転がり込んだリーダー職。
しかし吉澤は真摯にその責務と向き合い、グループを牽引した。
後輩であり続けていた1人1人を「メンバー」としてきちんと尊重し、モーニング娘。自身が、モーニング娘。をもう一度構築し始めた。

そしてその変化を一番早く感じとったのはファン。
吉澤がリーダーに就任してしばらくすると、諦めや惰性で応援していたファンが、グループ自身が生まれ変わろうとしている事に気づき始めた。
そうしたファンたちもまた、モーニング娘。の再構築に参加していく。

その結果、「歩いてる」は3年半ぶりにオリコンチャート1位を獲得。

その半年後には吉澤もまたモーニング娘。を卒業していくが、そうしてモーニング娘。の存在を再構築していった世代が、後世まで語り継がれるであろう”プラチナ期”を築き上げ、そして新世代の9・10期にモーニング娘。を繋げた事実は言うまでもない。*1

私がモーニング娘。に他アイドルと違う思い入れを持っているのは、ここにある。

モーニング娘。は一回、底を見た。
売上げや知名度ではなく、グループの本質をグループ自身が見失った「底」。
それに今だって、世間に言わせれば底である。
CDは売れないしTV露出は少ないし、世間一般から見れば大意で今もオワコンなんだと思う。

でも、メンバーとファンは決してモーニング娘。を見捨てなかった。
そして事務所だって、モーニング娘。というコンテンツを見捨てる事はしなかった。
だから世間から忘れ去られても、モーニング娘。の熱は冷める事無く、結成13年後に平日の横浜アリーナを満員にした。
結成14年後でも平日の日本武道館を満員にした。
そして結成15年めの今日も、「モーニング娘。」は日本武道館でステージに立つ。

今日まで歩んできたメンバーやファン、スタッフたちを一言で表現するのはとても難しい。
それぞれがそれぞれの役割でやってきた事が、今に繋がっただけのことである。
でも本来寿命の短い女性アイドル界で、これだけの歴史を紡ぎ続けているのはもはや偉業だ。
そんな全ての人に向けた本営なりの賛辞は、ちょっと、いや大分かっこ悪いけど、それでも今日はいい言葉だなと思っている。

「勇者タチ、集合セヨ」


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*1:これ書いたの15時くらいだと思うんですが、23時に愛佳ブログの写真見たら泣きました 「金テープ♪」