小娘のつれづれ

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「CD購入で届けるメッセージ。SMAPを育てたのはいつも音楽だった」

1月13日の第一報以来、日本国民の関心を呼んでいるSMAPの存続危機報道。

テレビ各局のトップニュースとして連日取り上げられていることはもちろん、著名人が自らグループに対する思いを発信したり、また毎日新聞は1月14日付けの紙面にSMAPのヒット曲を思わせる見出しを散りばめるなど、その反応は世代や場所を問わず、日に日に広がりをみせています。


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その中で1月14日頃から新たに盛り上がり始めたのが、ファンによる『世界に一つだけの花』購買運動。2003年3月に発売されSMAPにとって最大のヒットシングルとなったこの作品を再度購入し、オリコンチャートへの掲載や話題性も含めた「ファンからのメッセージ」を示そうということが目的で、SNSを中心に広まったその呼びかけは実際に13年前のCDをAmazonや楽天などの音楽ランキングで売上1位に押し上げるなど、かなり大きな動きになってきています。


「CD購入で届けるメッセージ。SMAPを育てたのはいつも音楽だった」


・SMAP成功への道は、デビュー曲の”挫折”から始まった


長い下積み生活を終え、今から25年前、1991年に『Can't Stop!! -LOVING-』でCDデビューを飾ったSMAP。しかしその華々しい響き、周囲からの期待とは裏腹に、結果はオリコン初登場2位止まりに。

当時リーダーの中居正広は19歳、最年少の香取慎吾は14歳。まだ幼さの残る彼らでしたが、前代未聞とまで言われたこの「挫折」は、後の国民的アイドルグループ・SMAPにとって大きな道を開くきっかけとなりました。


「(91年の)デビュー曲の『Can't Stop!! -LOVING-』が1位になれなかったんですよ。大々的に宣伝して、雨の西武園で握手会をして頑張ったのに、蓋を開けたら1番を取れてなかった。」


「『前代未聞だよ』って怒られましたね。それが最初の挫折です。そこから始まったよね、SMAPのバラエティーの道が。そこに行くしかないぞって」

(草なぎ剛 / 「Bananavi! Vol.001」p.15 / 2014)


・しかし慣れない挑戦を自信に変えてくれたのも、やはり音楽だった


最初は笑いという感覚に、戸惑いや拒否感もあった若き日のSMAP。しかしデビューでの挫折、そしてその後のオリコン初登場3位以内にも入れなくなるという現実が彼らに強い自覚を促し、やがてコント1つにも真剣に取り組むようになると、その奮闘は次第にグループの人気上昇へと繋がっていきました。

そして苦節3年、アイドルグループ・SMAPの異例の挑戦は、ついに形ある称賛として彼らの元に還ります。それが1994年、12枚目となったリリースシングル『Hey Hey おおきに毎度あり』のオリコンチャート第1位でした。


「”人を泣かせる”ということと、”人を笑わせる”ということは、同じなんだなと。そんなふうに価値が理解できてからは、まったく感覚は変わりましたね」

(木村拓哉 / 「Bananavi! Vol.001」p.11 / 2014)


・そして後にSMAPは、国民的アイドルグループとして”大きな花”を咲かせる


その後もメンバーそれぞれの活動、そしてさらなる視聴者の支持を追い風にし、やがて本格的なブレイクを果たすSMAP。1998年には『夜空ノムコウ』という初のミリオンセラーシングルも誕生しますが、当時の本人たちの本音はというと…実は結成メンバーである森且行の離脱を受けた、グループ再構築の真っ只中。


「SMAPでの僕の立場は、上と下との間にいる、中間管理職的なものなんだけれど、同じ立場の森君がいなくなったことでそのバランスは微妙に変わった」

(稲垣吾郎 / 集英社「馬耳東風」p.44 / 2001)


「一生懸命みんなやってました、すごく一生懸命でした。ダメだったところっていうのは探してでもやっぱり、見つけなきゃいけないんじゃないかなって」

(中居正広 / NHK プロフェッショナル 仕事の流儀 / 2011)


「森に気持ちを寄せてくれていたファンの人たちが、納得いかないようなグループになっちゃいけない」。後に木村拓哉がそう表現した一心で、時に大きなプレッシャーに押しつぶされそうになりながらもグループの在り方、それぞれの在り方を必死に模索し続けていったSMAP。その日々はやがて、挫折のスタートから12年後のあるシングル作品で、誰も成し得なかった”大きな花”を咲かせることになります。


2003年3月5日、SMAP35枚目のシングルとしてリリースされた『世界に一つだけの花』。発売から2か月でダブルミリオンを達成したこの作品は、自身最大のヒットソングとなっただけでなく、ついには50年以上に及ぶNHK紅白歌合戦の歴史も動かし、それまでソロ歌手が務めることが慣例となっていた大トリが初めて、グループである彼ら5人に託されました。


「メンバーもみんな興奮してて、ステージに出るまえに握手しあって出てってね。」


「たくさんの人が応援してくれてたっていうのも、きずなだよね。だから、僕らは頑張れたんだなって思う」

(草なぎ剛 / 角川ザテレビジョン「Okiraku」p.248 / 2007)



執筆時点で今回の報道に関して、まだメンバーからの詳しい説明は一切発表されていません。なので色んな報道、憶測もありますが、実際の事がどう動いていたのかは、いまだに当事者以外の誰も知りません。


ですが関係のない私たちにも、はっきりしていることはあります。画面を通じ、風景を通じ、いつもSMAPは私たちの世界にありました。


そして楽しい時も悲しい時もいつも私たちのそばには、


SMAPを育て私たちを育てた、そんな音楽がありました。




「みんながみんな、全ての人に優しくなれたら、きっと、幸せな未来がやってくると信じています」

(香取慎吾 / 第54回NHK紅白歌合戦『世界に一つだけの花』歌唱直前のコメント / 2003年)


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