小娘のつれづれ

一人で自分の”好き”を追いかけ続け、執筆業になりました。2017年に初の単著がでました(乗田綾子名義)。



2017年9月発売の『SMAPと、とあるファンの物語』(双葉社)については【こちら】

「こんなタイミングでAKB映画を初めて見た」

やっと家庭内でのレンタル気運も高まり、借りたタイミングが
峯岸〜柏木文春砲の爆撃最中だったという。
まぁいいや。


そんで、現時点でDVDになっている2作品を
一気にぶっ続けで見ました。
その感想を書きたいと思います。


* * *


まず1作め。



最初に結論から言ってしまうと
1作目では「AKBって学校なんだなぁ」、と思いました。


1作目でとにかくよく映っていたのが”劇場”なんですけど、
あのステージってものすごく体育館のそれみたいだよね。
もしくは教室の黒板前。
(「大声ダイヤモンド」のPVがイメージに一番近いか)


私も含めたお嬢さん方が、AKBに「少女感」を感じるのは、
AKBが劇場を中心に「学校の空間」を提供しているからなんだと思います。
そこで歌ったりしゃべったり泣いたりしている女子を見て共感しているのは
彼女たちと同じ”男子学生”であり、”女子のクラスメート”。


あと、あのステージに立っている女の子自体にも、
学校的な仕組みは大きく恩恵をもたらしてるんじゃないかな。
JC・JKって、若い女性がどれだけ力を持ってるか知ってるんですよ。
加齢に現実味がないゆえの「全能感」


本来なら卒業などに従って、じょじょに手から離れていくその手の感覚を
AKBに所属しているメンバーは、何回でも手にする事ができるんです。
「永遠に続く学校」があるから。


劇中でしゃべる板野さん(19)の言葉


「30歳までには結婚して33歳ぐらいまでには子供ほしいな」(焼肉をつつきながら)


この10代にみなぎる将来への全能感、それを各人が

「ステージで踊るヒエラルキー頂点の女子たち」
「取り巻く男子たち」
「客席で一緒に踊るクラスメートの女子たち」

の役割分担をする事で作り上げられているのが、AKB48なのかなぁと思いました。


そしてこれが製作された2010年ごろは、2008年の大声ダイヤモンドから続いた
「学校祭ぽさ」が存分に残っていたと思います。


* * *


で、2作め。
これは去年散々評判になってたやつですね。




2作めはいきなり震災から入ります。
前半はずっと震災に対しての思いや、被災地訪問の様子など。


冒頭、大島優子さんがこう話します。


「今までのAKBって、自分の夢のためのステップアップとしてある場所だったんですけど、
 そして自分は歌手になりたいと思って(AKBに)いなかったんですけど、
 こんなにも歌で人を笑顔にさせることができるんだなって、
 初めてちゃんと、「すごいことなんだ」って思いました」


「だからAKBで日本を元気にできたらなって、
 また違うAKBの1つの目標が私の中で生まれましたね」


そして続く2011年総選挙の映像。


この辺で1作目との大きな違いに気づくんですけど、
2作目からは「AKB以外の人たち」が沢山映ってるんですよ。
SKEが映り、NMBが映り、スタッフが映り、
被災者が映り、詰め掛けた観客が映り、アジアのファンが映り・・・


そう、2作目は
学校の中にいたはずの女の子たちが、
いつの間にかおびただしい数の人間の念に動かされている事を知る物語です。




「いつの間にこんな大きくなってしまったんだろうって、
実感が全然ないし、自分が知ってるAKBじゃないというか」(渡辺麻友)



その絶頂が、西武ドーム2日めの「フライングゲット」。
激しい過呼吸に襲われ、ステージに出てもなお立つこともままならない前田敦子が
フライングゲットのイントロがかかった瞬間、満面の笑みで3万人の視線に答えます。


この瞬間、クラスの少女は「アイドル」になった。



ここだけは正直「すげえええええええええ!!!!!」って叫びましたね。
ものすげー印象的なシーンだった。




・・・ただ、ここでふと思い返したのが、昨日のこの言葉です。



ダンスや歌のレッスンをすんごくがんばっていて、客観視する力が物凄く高い女の子たちなんだ、と知った。何かと泣いて、何かと抱き合って、何かと語る。
男たちのAKB48|田房永子の女印良品


この映画の中で、彼女たちがよく泣いて、よく抱き合って、よく語っているのはなぜか。


それは、「誰かがそう導いているから」。


その誰かが、この映画には出てこない。



いや、本当は、ちょっとだけ映ってる。
「今日のコンサートは最悪でした」と叱咤した後、
どうしたらいいかわからないと一人やってきたたかみなに
「メンバー1人1人の問題」と語りかける秋元康。
総選挙が終わり、抱き合って号泣するたかみなと前田敦子を
デジカメで撮影する戸賀崎支配人。


AKBを導く、多くの誰か。
少なくともカメラごしに光景を眺めている、その背中の映像に、
本当のAKBという「ドキュメンタリー」は、存在しない。



だからこの辺でまとまったのは、


「こりゃ少女の壮大なファンタジー映画だ」


という結論でした。



正直ドキュメンタリーだったのは、
前田敦子が出れないかもしれないってなった時
その場で振りを覚えていく松井珠理奈と横山由依のシーンだけだったんじゃないかな。
あそこだけはアイドル稼業のドキュメンタリーを見れた(1分足らず)。


あと他で、ちょいちょい入るマリコ様の空気読む力が異常に素晴らしい事には感じ入りましたが
全体的には『僕たちは少女たちが傷ついていく、夢を見る』って感じでした。


あぁあと、最後に大場美奈さんの恋愛スキャンダル〜謝罪シーンが入ってるんですが
少女が「アイドル」になったのが2011年なら、
少女が「女」になっていくのが2012年の物語なのかなぁ、と。


・・・私たちは、生まれた時からみんな女なんだけどな。


来年は峯岸さんの剃髪シーンとか入るのかね。


2012年のAKB48は、ドラマティックな一年だった。
しかし、その裏側はもっと、ドラマティックで
センセーショナルなものである。(秋元康



今のところ3作目はまたレンタルでてからでいいかな・・・



関連記事
「お嬢さん方から見たAKB48」
「前田敦子はAKBの夢を見るか」
「震災と少女たち」