小娘のつれづれ

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「ブログ論が書けないからドルヲタブログ論について考えてみた」

最近流行りのブログ精神論に乗っかろうと思ったのですが、
大した引き出しがなかったので昨夜twitterで供養しました。


で、寝て起きてなんとなくその事をお風呂で反芻していた時に
「あれ、ドルヲタブログ論だったら書けるんじゃないかなぁ」とふと浮かんだので、
私はそっちの方でしこしこ文を書いてみることにしました。
どのくらい需要があるかはわかりません。完全に自己満足の世界です。ごめんなさい。


* * *


本題に入る前に、まず私がどうしてこんなにこじれていったのか
文章化した方がわかりやすそうなので、書いてみます。


私の半生をちょっと振り返ってみると、
5〜7歳の時にはすでに光GENJIやMi-Ke*1が好きでした。
まぁ小さい頃って誰しもアイドルに食いつきやすい時期だと思うので
それが突出してなにかアレって事はありませんでしたが、
しいていえば、家はアイドルに寛容だったと思います。


んでやまだかつてないWinkなどを通りながら
少しゲームやアニメ、漫画が楽しい時期を過ごして
(※この辺は”アイドル冬の時代”でもあり、一般小学生が目にするアイドルコンテンツ自体が少なかったかもしんない。
せいぜい桜っ子クラブしか記憶がない)


小学校6年の春にたまたまSMAPのライブに行くんですが、
私がアイドルを考察という視点で楽しむようになったのは、このSMAPがスタートでした。


* * *


この頃から私はちょうど自分でVHSデッキが操作できるようになったのもあり、
楽しいわ嬉しいわで何本も何本もSMAP出演番組の録画テープを作りました。


基本的にはただ香取慎吾が好きというだけでそれを毎日リピートして見ていたんですが、
ちょうどその頃はSMAPが若者認知から国民的にステップアップしていった頃でもあり、
「お父さん向けSMAP講座」「美しすぎる男たち SMAP密着120日」みたいな企画もやたらあって


この時期に、SMAPを通して


(6人(当時)という箱の中で、これだけのストーリーが動き、感情がとびかい、
その苦しみや楽しさの中で、あれだけキラキラしたアイドルという存在、曲、作品が生み出されていくんだ…!)


というアイドルカルチャーへの興味の扉を開き始めた気がします。


あとこの時期はもう1つ印象的なシーンがあって、
95年11月発売の「俺たちに明日はある」の歌番組披露。


あの曲のオリジナルはスタンドマイクを使ったフリで、
サビ前の「今夜は眠〜ろう〜」で6人全員がスタンドマイクを持ち上げる振り付けがあるんですが
歌番組ごとに、必ず1人だけそれが遅れる人がいたんですよ。
Mステでは○○、愛ラブSMAPでは▲▲、みたいな。


多分本人や周りの表情から想像するに、
本番前にあらかじめ誰がわざと遅れるか決めて歌収録を撮ってたんですけど
そのイレギュラーな歌収録が、なんか「面白いなー」と引っかかって。


それを何回もまた繰り返してスルメ的味わいを楽しんでいるうちに、
あれは手振りが主だったのもあって、自然とダンスも覚えるという別方向の扉も開きました。


これが個人的振りコピの始まり。


そういう経緯を持って、さらに過去映像の掘り起こしリピート(無意識振りコピ含む)にドップリ浸かり始め、
基礎知識を築いてさぁ初のゴールデン冠番組だ→というタイミングでまさかの森くん脱退、
5人でどうやってSMAPするのだろうと目が離せない所に→同年代のアイドル超新星SPEEDも参戦、
SPEEDの曲を鬼リピートし振りコピも楽しんでいたところに→いよいよASAYANでモーニング娘。爆誕


最後すごくはしょりましたが、単純に書くと
私のこじらせ方はこんな感じ。


* * *


で、ばーっと書いてみてあらためて思ったのは


私はアイドルに関しては、いつも一人でした。


SMAPが好き、SPEEDが好き、モー娘。が好き、という友達はもちろんそれなりにいましたが
その中で一人を保ち続けたのはなんとなく、
「私のアイドル好きは、ちょっと進行方向が違う」ことをちゃんと認識していたからだと思います。


周囲にはドルヲタだと公言してたし、決してインドアすぎるわけでもなかった。
(バンドを見にライブハウスとかも行ってた)
それでもコアの熱源を一人で保ち続けていたのは、サブカルチャーという自覚を持っているからこそ、
余計な干渉をされたくなかったし、
自由にやらせてほしいというのもあったんだと思う。


そうして私のアイドル考察は、ずっと一人で行われていました。そして完結していた。


AKBがブレイクするまでは。


* * *


AKBがブレイクした2010年あたりから、ものすごくビックリしたのは、
「アイドル論」を公に口にする事が、急激にすごくありになっていったという事象です。


それまでもすでに長い年月狼(2chのアイドル板)にはいたし、
BUBKAみたいな雑誌や各種ムックとかも読んだりしてたけど(モーニング娘。バイブルとか好きだった)


アイドルを考察したり論じていいのは、あくまでもプロフェッショナルな人だけで
私のような「その他大勢」の人間は、それをただ享受するのみと思っていた。


でもSNSの発展で、個々の考えている事が簡単に目にできるようになり、
「アイドルについて考えをめぐらせているその他大勢」がどれだけ多いかを知り


その時に初めて、「その他大勢の傍流的な思考」を文章化することに、意味が生まれた。


そしてその道のりが、今ここにいたります。


* * *


で、結局、私がなぜブログでアイドル考察を書き続けているのか。


突き詰めると、あえて”サブ”という大黒柱を大事に保存しておきたいから、なんだと思う。


いくらアイドルブームといっても、熱はいつか必ず冷める時がくる。
その時に、本当のホームである傍流そのものが、丁寧に耕されていたら
アイドル文化は死なずに、流れ続ける術をまた得るんじゃないかという挑戦でもあり。


サブカルチャーの原点は、一人なんですよ。
それを発展の行き届いた現代社会において持続できるのは、
一人であり、地方であり、在宅。


もちろんアイドルが今一番動いている先端はゆるぎなく「現場」で、
ドルヲタの頂点は現場ヲタで間違いないんですけど。
在宅ははっきりいったらピラミッドの一番下。


・・・下であり、イコール世間様にも一番近い薄い空気の私たちが
ずっとアイドルを見続けていて出てくるものは何なんだろう。


私がSMAPで学び、モー娘。で栄え、落ち目も体験し、
アイドル戦国時代の復興で奇跡的に流れ着いたこの感触を持って、
そういうのを人前にさらしてみよう、と思ったのがこのブログの方向です。


まぁ実際にはぶっちゃけここまで壮大なことは特に考えてなくて
飽きっぽい私が無心で15年も追っかけ続けられている好きというジャンルに対して、
一人で匿名の狼や一般人の旦那に話し散らかし続けてるのってもったいないのかなぁ、
というくだりから思いついたのがこういう場所なんですが


SNSと共に大爆発したドルヲタ各人のほとばしる思いや考えは、この今だからこそ
twitterよりも、できる人はブログなどにまとめてみた方が面白くなるんじゃないかなー。


そして特に在宅やら、地方やらの人に呼びかけてみたいのは、
ぼっちだからこそ、ブログ書いてみたらどうでしょうという主張です。


収拾がつかなくなってきたので、
最後にケケ中先生こと竹中夏海先生の著書より、
一文紹介させていただいてシメとします。


『ブームが落ち着いた後でも、冬の時代に逆戻りするのではなく、
 アニメやお笑いのように日本の文化として定着させ、
 ジャンルとしての幅を残していくことが、
 今のアイドルブームを担うグループの次なる目標ではないでしょうか。』


(竹中夏海 「IDOL DANCE!!!」


SNSによって大発展したアイドル戦国時代がもたらしたものは、
私たち地方在宅にも、こうした文化への力添えを可能にさせてくれたことだと思います。


ちゃんちゃん。



※アイドルじゃないけどこの辺は関係あるのでしょうか
地方都市という地獄 あるいは関東圏の「私が住んでるところは田舎だよ(笑」が如何に残酷かについて
都会と田舎の比較の話が出るととりあえず絡みつく



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*1:この頃の思い出として、母親が「Mi-keが近所に来るって!」と連れて行ってくれた所ポチだったというエピソードがあります。