小娘のつれづれ

一人で自分の”好き”を追いかけ続け、執筆業になりました。2017年に初の単著がでました(乗田綾子名義)。



2017年9月発売の『SMAPと、とあるファンの物語』(双葉社)については【こちら】

「秋元康の名言に見る「夢」の怖さ」

ちょっと前になりますが、
秋元康がgoogle+で、AKB48の「非」選抜メンバーに贈った言葉が名言
という記事がありました。(2012.1.16付)


とりあえずそちらから、その名言の内容を引用。
元はGoogle+での秋元康の発言です。

成功するためには、何が必要か?
………運です。
僕はこの38年間、スターと呼ばれる人たちを見て来ました。
僕も何人もプロデュースして来ました。
そこで見たものは、運です。
どんなに実力があっても、
運がないとスターにはなれないのです。


じゃあ、努力をしていても無駄なのか?
努力は報われないのか?
そんなことはありません。
努力は必要です。
言い方を変えれば、
努力は成功するための最低条件です。


みんな、必死に努力して、
じっと、チャンスの順番を待つしかないのです。
大ベストセラー「もしドラ」を書いた岩崎夏海は、僕について16年後に成功しました。
僕のドライバーをやっている時も、
ずっと、小説を書いていたんですよ。


いつか、必ず、チャンスの順番が来ると信じなさい。
自分の境遇の悪さだけを嘆いていても始まりません。


頑張れとしか言えないんだ。


僕がチャンスを作っているのではありません。
僕からのチャンスを待っている間はだめですね。
「私だって選抜に入れば…」
「私だってドラマに出れば…」
「私だってコマーシャルに出れば…」
それがチャンスだと思っているかもしれませんが、それは違います。


それは、チャンスの出口です。
みんなに見つけて欲しいのは、
チャンスの入り口です。


例えば、松井咲子。
彼女のチャンスの入り口は、
音大に入ったことです。
趣味の域を越えているから、
代々木でコンサートをやった時、
「ポニーテールとシュシュ」を
弾いてもらったのです。
「TEPPEN」にも繋がり、
ぐぐたすで、さらにブレイクした
ということです。


アルバムを出すのは、
チャンスの出口です。
このアルバムを名刺がわりに
どう進むか?です。


選抜も、コマーシャルも、番組も、
僕が一人で決めているわけではありません。
最終決定権は僕にありますが、
いろいろなスタッフの意見を聞きます。
そこに、もっと、いろいろな名前が出て欲しいんですよね。
つまり、松井咲子のような小さな努力や運が見えて来ないんです。


今の自分にできることを考えなさい。


確かに、人の心にグサっと刺さりこむ言葉で。
はてなブックマークでも感銘を受けたコメントが見られます。


「これって仕事でも言えるよね。」
「「努力は成功するための最低条件」「チャンスの入り口」やっぱりこの人あってのAKBの成功だなあ。」
「どうせロクでもねーこと言ってんだろと思って見てみたら、めっさ刺されたオレがいた」
「さすがです。すべてに納得感。」


うーん、そうか?



確かに、秋元康の言ってる事は正しいんですよ。
AKBの子たちが夢見るステージは、実力よりも運が左右する世界で、
どんなに小さな運でも、そのチャンスを掴むためには、努力が必要である。
これはどんな世界にも通用する考え方だと思うし、正論なんだと思う。


本人の意志で飛び込んだビジネスの世界でもあるし、
彼女たちをマネタイズしていくビジネスマンとしては正しいのかもしれない。


でも、彼女たちが引き換えにAKBビジネスに捧げているのは、
たった一度の青春。


思春期の少女たちを指導している以上、
秋元康はビジネスプロデューサーでもありながら、
彼女たちにとっては先生、父親的存在でもある。


そこが普通のビジネスとアイドルビジネスの決定的な違いであり、
だからこそ、プロデューサーの発言は大きな影響をもたらしてくる。



アイドルたちの信じる「保護者」としては、正しい言葉なのか?



上記の秋元康の考えをそのまま引用すると、努力の力を信じて、
自分の青春をAKBというビジネスにひたすら捧げた女の子が万一成功できなかった時、
「あなたが成功できなかったのは、チャンスを掴む小さな努力や運が見えなかったから」
となるわけです。



ビジネスとしては正しいよ。
でもさ、忘れてはいけないのは、アイドルをプロデュースするという事は、
単なる大人の歌手への作詞提供や、企業とのビジネス共栄だけじゃないんだよ。
少女たちの人生をまるごと握り続けているという事です。
自分が一番輝く時期を全て捧げた元女の子が、
幼い頃から「保護者」とずっと信じていた人間にそう言われた時、
その子は一体どんな事を思うのか。



「AKBの功罪」でも触れましたけど、
仲間・絆・ガチのうたい文句とか、こういった”名言”であるとか、
綺麗な言葉って全て、周囲に向けての言葉にしか聞こえないんだよな。
ビジネスやそれに追随するお金、そしてそれを生み出すファン、世間に対して
自分を守る意識が先立ってる。


本来一番守られなきゃいけないのは、
青春を捧げてきた彼女たちでなければいけないはずなのに。


だから、あの発言を「名言か?」と聞かれれば、
私は、NOです。


まぁそもそも考えると、本当に大事にしている人間はデビューまもない少女たちに
「スカートひらり」とか「制服が邪魔をする」とかやらせねーよな。
あまつさえ昭和末期の時点で「セーラー服を脱がさないで」。



結局またいつもの論調になってしまったわけですが\(^o^)/


* * *


ただ、そこでふと自らを振り返ってみると。


なんか、このへんの悪さは
「もしかしたら私達アイドルファンも持ち合わせているんじゃないか?」とも思ったのです。


補足で、こういう話もあります。

モーニング島田編集長の、「あきらめなければ夢は必ずかなう」ほど悪質な言説はない、という話について


およそ「あきらめなければ夢は必ずかなう」ほど悪質な言説はないと思う。
こういうコトバが幅をきかすと夢を途中であきらめる若者は
「夢がかなわなかったのは私が途中であきらめたからだ」
という自責の念をしょいこまなければならなくなる。


若い女の子をビジネスとして仕立てた大人たちが、運営として発している綺麗な言葉は、
若い彼女たちにとって、綺麗かつとても威力がある諸刃の剣。
そして私達ファンの”応援”は時に、無数の砥石となり、その剣を恐ろしいほど磨き上げる。


彼らが商品化し、私らが支えているアイドルという職種ほど
無責任で悪質な「夢」の象徴はない。


無責任で悪質だからこそまばゆい、その「夢」に女の子たちの、大事な大事な一度きりの青春を捧げさせている分
彼女たちと向き合う私達はもっともっと彼女たちを冷静に見つめ、そして真摯に行動しなきゃいけない。


なんで今更この事書こうと思ったかというと、
「AKBついに初の東京ドーム公演開催」のニュースで色々思うとこがあったからなんですが、
そっちはとりあえずSSA終わってから、書けるようだったら書こうと思います。
今日はこんくらいで。



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